第36話 ケインの剣
……倉庫内に絶叫が響いた。
ケインが飛び込みざまにレーニディア家の騎士と思える男の右腕を斬り落としたのだ。腕を斬り落とされた騎士のその後を確認することもなくさらに後方に控える騎士達に迫るケイン。
黒い長剣の一振りごと、ある者は腕を飛ばされ、ある者は脚の腱を両断され、また別のある者は両目を切り裂かれた。ケインの動きは止まらなかった…。次々に絶叫が上がり、騎士の数は既に半数以下になっていた。
その刹那、
「!」
ケインは鋭い太刀筋の一撃を受け止める。思った以上に鋭い一撃にケインは動きを止めてその騎士と対峙した。
「ふははは。いい腕をしている。貴様にはこのレーニディア家騎士団長…」
恐らくレーニディア家の騎士団長である男はそれ以上の言葉を繋げなかった。ゆっくりと
「このような非道に手を染めることが貴様の騎士道か…」
怒りを込めた言葉でケインが呟く。
皆が絶句した。あの
色を失い逃げ出そうとする騎士達…。包囲網の半数であるウエイランド商会に雇われたゴロツキ共も呆気に取られていたが我先にと逃亡を図る。
「貴様らだけは逃がさん」
ケインは紅く輝く長剣を数度振う。その瞬間、逃げ出そうとした全員の脚に衝撃が走った。この倉庫から逃げ出そうとした者、その場にあってまだ五体満足であった者、その全員の両脚がケインの放った斬撃により斬り飛ばされた。
レーニディア家の当主であるミルブラス=レーディニアはただ茫然と眺めていることしかできなかった…。
一方、ケインが最初の男に斬りかかった頃…。
「女!悪いことは言わねえ。俺の女になれば命だけは助けてやるぜ!」
ボーグが下品な笑いを浮かべている。
「悪いけどあんたのような男ではあたしとは釣り合いが取れないにゃ!そしてこんなことに加担する奴はここで終わるのにゃ!」
ミケはダガーを構える。
「ほお。A級ハンターの俺とやりあうってのか?後ろガキを庇いながらか?笑わせる。足の一本でも切り落とせば言うことを聞くってか?」
ボーグは長剣を抜く。それは愚かな行為、明らかに愚かな行為であったことをボーグは思い知ることになる。
ボーグは親の七光りがあったとはいえ仮にもA級ハンターであった。少なくとも騎士と一対一で相対せば後れを取ることはない。目の前にはダガーを構えた美しい猫の獣人一匹だけ…。後れをとる等ということはその頭の中に欠片も存在していなかった。頭の中は『これでこの女を自分のものにできる』ということだけだろう。
ボーグは知らなかったのだ。ミケはケインが全幅の信頼を置くパーティメンバーである。斥候ではあるが暗殺術に特化した攻撃力とその実力はおそらくS級以上。そんなミケが構えているダガーが蒼い輝きを帯び始めた。
「なんの手品だ?」
そう言って下品な笑いを浮かべたままのボーグが長剣を片手に間合いを詰めようとしたその時、長剣を持つボーグの腕は肩口から切り落とされ地面に落ちていた。
「にゃ。飛ぶ斬撃!便利だにゃ!っと!」
そう言った瞬間、ミケは一息にボーグの横に移動し強烈な蹴りを見舞った。腕を落とされた衝撃の悲鳴を上げられぬまま、横ざまに飛ばされるボーグ。
ちょうどケインが残った者の両脚を飛ばした時、ミルブラス=レーディニアの足元にボーグが転がってきた。
残り二人。ミルブラスとボーグにケインが紅く輝く長剣を向ける。
既に顔面蒼白のミルブラスはやっとのことで口を開く。
「あ、紅い剣……。そ、それは、それは覇王剣?なぜだ!なぜそれをただのB級ハンターが使える?」
まだ気づいていないのか…。ケインはもはや憐みの視線を送りながら、その問いに答えることにした。
「名乗っていなかったか?おれの名はケイン。ケイン=ハーヴィ!覇王の後継者とはおれのことだ!」
「!」
ミルブラスはこの世が終ったかのような表情を浮かべる。
「どうだ?震えが来ただろう?」
そう言ってケインは長剣を構える。紅い輝きが増していく。
転がっているボーグにその答えが聞こえたかは分からない。ミルブラスは震えながらも地面に頭を擦り付けていた。
「で、殿下!どうか!どうかご慈悲を!命!命だけは!」
この状況ではどのような申し開きもできない。それでも命を繋がなくては…。自分は大貴族の当主である。まさかこの場で斬り捨てられることはあるまいとの甘い憶測もあった。
「父上は…。覇王は落しどころを貴様に提案したはずだ。二度とこのようなことがないようにとな!貴様はそれを無視した。そしてウィニーを殺そうとし、ミケをそこに転がっている男の慰み物にしようとした…。言ったはずだ…。おれは怒ったと…。その意味を知るがいい!」
ケインの紅く輝く長剣が横一閃に振り抜かれる。ミルブラスとボーグの後方、虚空が斬り分けられどこかへの入り口のような裂け目が現れた。
「覇王剣、奥義の一つ。次元断!」
ケインがそう唱えると裂け目が口を開きミルブラスとボーグの二人を飲み込み始める。
「うわあ!なんだこれは?やめろ!貴様!この私は大貴族だぞ?その私に…」
「…」
喚きながらも空間の裂け目に飲み込まれるミルブラスと気を失っているのか無言で飲み込まれるボーグ。
「それは次元の裂け目。別空間の入り口だ。殺すことはしない。貴様らはその空間の果てで尽きることのない時間を過ごし続けるといい」
まだ何やら喚いていたが、裂け目が閉じる。……そこにはもう何もなかった。王都を混乱に陥れた元凶はこの世の者ではなくなったのである。
黒い長剣を鞘に納めたケインがミケとウィニーへ振り返った。
「さ、帰ろう!」
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