第34話 王都に潜む愚か者

 既に王都は夜の闇に呑まれている。王都の倉庫街は広い。暗い夜道をケインとミケはその中でも大商会であるウエイランド商会の持つ倉庫群を目指していた。ふと声がかかる。

「ようこそ。こちらでございます」

 一人の老人がランタンの明かりを掲げて立っていた。

「お前が案内人か?」

 黒い長剣の束に手を掛けながらケインが答える。

「はい。ご案内します。ただし、私に危害を加えると子供がどのようになっても文句は言えません。私としてはその剣でこの皺腹を両断して頂いても全く問題ないのですがね…。へっへっへ…」

 不気味に笑うを老人のあとを大人しくついていくケインとミケ。


 老人が一つの倉庫へ案内し歩みを止め、無言で扉を示した。かなり大きい倉庫だ。ちょっとした貴族の屋敷であればすっぽり一つは収まるだろう。

「ミケ」

「にゃ。かなりの数にゃ」

 索敵を行ったミケは倉庫中からはかなりの数の敵意を感じたようだ。ケインも同調する。

「ウィニーのことがあるし、ここは正面からだな…」

「にゃ。あとは出たとこ勝負にゃ」


 互いの意思を確認した二人。ケインは扉を開く。中は真っ暗だ。とりあえず入ると扉が閉められカギがかけられてようだ。ここまでは想定内だと考えるケイン。これから何が起こるのか…。


 突然明かりが点灯される。周囲には夥しい人影が浮かび上がった。半数は雇われたならず者らしいが、残りの半分は騎士の姿をしている。ケインは信じたくないと思った。


「ようこそお二人さん!」

 そこに声が響いた。ケイン達の包囲網の外に一人の男が立っている。


 ケインは小さく呻いた。

「貴様…」


 そこにはレーニディア家の当主であるミルブラス=レーディニアの姿があった。


「猫ちゃんとハンター君!まさか来てくれるとは思わなかったよ。騎士でも連れてきて大乱戦も覚悟していたからね」

「それではウィニーを助けられない」

 ケインは答えながらも自分のことが相手に知られていないことを幸運に思った。先日の襲撃の実行犯たちは全員が牢の中である。どうやら相手にはまだ自分が一介のハンターと見えるらしい。

「その考え方は好きだよ。いい。すごくいい」

 ミルブラスは狂気にも似た笑みを浮かべていた。これが民を導く貴族の姿か…。


 ケインは己の中にある怒りの導火線に火が付き始めていることを自覚しながら問う。

「答えろ!なぜウィニーに執着する?そしてウィニーはどこだ?」


 ミルブラスは笑みを浮かべたまま語り始めた。

「そうだね。教えてもいいだろう。あの子は私の魔導実験の成果なのだよ!」

「!」

 眼を細めるケイン。


 魔導実験。覇国では禁止されている人体実験である。

 これは魔術師の戦闘力に目をつけた今はもう存在しない国の王が強い兵士を造ろうとして始めたものとされている。

 複数の魔術師から特殊な方法で魔力を取り出しそれを兵士に入れることで強力な戦士を生み出そうとした。その結果、多数の強大な怪物を生み出したその国は一時的に隆盛を極めたと言われる。

 しかしその実験の非人道的行為に国の将来を嘆いたある賢者が自分の命と引き替えに実験施設を破壊し、国も滅びたらしい。現在はどこからか流出した技術が時折使われていると言われるが詳細は不明であった。


「この実験は他人に特殊なスキルを付与するものだ。あの子には斥候の技術があっただろう?年齢に不相応な高い技術だったはずだ。あれは私が人工的にあの子に付け加えたものなのだよ」

「なぜそんなんことを?」


「何故?なぜ?なぜと聞くのかい?いいだろう…。話してあげよう。私は力が欲しいのだよ!大いなる力だ。あの忌々しい皇太子を葬る力!そして覇王をも退ける力!私は天才の筈だった。偉大なる父から偉大なる名前を受け継いだ。しかし民の目はどうだ?偉大なる後継者?覇王の後継者?希代の英傑?全てがあの皇太子への言葉だ!あいつだけは殺さなくてはならない。そして盗賊騒ぎで覇王の権威を落とす。息子を失い、権威を失った覇王に代わって私の家であるレーニディア家がこの覇国の国政を担うのだ!!」


「そんな愚かなことで…」

「愚か?この私の偉大なる計画を愚かと言うのか?私は力を手に入れた。そう大きな力を!あの男よりも強大な力を!そうそうあの子はその準備のための道具だよ。だけどこのことはまだ秘密だ。あの子も君たちもここで死ぬ。ああ猫のお嬢さんは違ったかな?」


「にゃ?」

 ミケが反応したとき、もう一人の人影が浮かんだ。

「本当に俺が貰ってしまって構わないのだな?」

 ボーグ=ウエイランドが下卑た笑いを浮かべながら現れた。


「ボーグ=ウエイランド…貴様も同類だったか…」

「何が同類なのかは知らないが、俺はその女が貰えるだけで十分だ」

「そんな理由で騎士達を傷つけて、逃げ回ったのか…」

「ウエイランド商会はよくやってくれる。覇王の退位後に商会を取りまとめる立場を提示したら乗ってくれてたよ。そして今回のトラブルについては君たち二人のことを話したらボーグ君を出してくれた。さ、話はこれくらいでいいかな?」


 レーニディア家とウエイランド商会は全ての件に繫がっていたということか…。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る