第32話 まだ終わってはいない…
「そうそう上手くはいかないものだ…」
ケインはそう呟きながら酒を口に含む。ここは王都の小料理屋…。客からは『狐』と呼ばれているが真の店名は誰も知らなかった。
「落しどころは分かっていたんじゃないのか?」
小料理屋のマスターカウンター越しに声をかける。今日はキャリーの姿は見えないようだ。
「そうなのだが…」
ケインの歯切れは悪い。
レーニディア家付き騎士隊の副隊長ハリルを捕縛してから3日が経過している。獣人の子供であるウィニーはミケが辛抱強く話しかけた効果かぽつりぽつりと話すようになった。ミケは店の手伝いのようなことをさせているがいずれはどこかの孤児院か養父母を探すことになるだろうとケインは思っている。
襲撃の方は……。
ハリルを捕らえケインも王城に出向き状況を説明することになった。そこからの王立騎士団と国王である覇王の動きは素早かった。直ちにレーニディア家の当主であるミルブラス=レーディニアとウエイランド商会の会頭であるドーマン=ウエイランドは城へと招聘され覇王を相手に、ここ数日で起こった出来事について釈明をすることになった。
分かっていたことではあるがミルブラス=レーディニアは、王都での盗賊行為及びケインへの襲撃に関して、家付き騎士隊の副隊長ハリル=ロンバルディアの独断であると述べた。またドーマン=ウエイランドも次男であるボーグ=ウエイランドがハリル=ロンバルディアの誘いに乗って秘密裏に行ったものと証言した。孤児院の子供たちをそのような非道に誘い入れたことはどちらも知らなかったと話したのである。
ハリルを問い詰めれば関係を話すと思われたが、襲撃の翌日ハリルは牢屋で舌をかみ切り自害してしまう。まさかそこまでのことをするとは話を聞いたケインも読んでいなかった。そこまでの忠誠心を持っていたとは…。
これによりケイン達はレーディニア家への繋がりを証明する方法を失うこととなった。
さらにドーマン=ウエイランドの次男ボーグに関しても王都に戻ってまだ3か月足らずであることからトカゲの尻尾にされたようなものであるが、こちらは申し開きを行うのではなく出向いた騎士達と交戦し手傷を負わせて逃亡してしまう。ボーグがお尋ね者になったことで『やはりハリルに協力していたのか』という意見が強くなってしまった。
こんなことから当主と会頭の主張を否定することが出来なくなってしまったのである。それでも家付き騎士隊の副隊長が罪を犯したことは当主の責任となり次男が犯した罪も知らなかったでは済まされないものだったため、ある程度の領地没収とゴールドの支払いという裁定となった。そして『二度とこのようなことがないように貴族家内、商会内に目を配るように(今回は許してやるが次はない)』という言葉を覇王から賜ることになる。これが『落としどころ』という訳である。
「ハリルは誤算だった。貴族家付きの騎士を甘く見ていたよ。しかしボーグも何をしているのか…。あのウィニーの能力は3か月などといった期間で身につくものではない。1年以上の鍛錬を積んでいるはずだ。親が関わっている可能性があるとはいえ一方的にお尋ね者になるなんて…」
ケインは唇を噛んだ。今回の段取りは失敗だったのかもしれない。もし今後何もなければこれで手を打つことも仕方がないとケインは思っていた。それにしても大切な者達を襲撃されたことが腹立たしい。しかし……。
「マスター!頼んでおいた物は手に入った?」
「おう。大変だったがな」
そう言ってケインはマスターからある物を受け取る。かなりの金額が入っているだろう袋をマスターに渡した。
ケインは別の考えも持っていた。『恐らくまだ終わっていない…』。誰かに罪を擦り付けるのであればミケの家を襲撃する前にできたことだ。襲撃についてハリル相手に主人の浅慮を呪えと言ったが、もし浅慮ではなかったら…。
そして襲撃が失敗したから落しどころを見つけようとしたのだ。つまりは襲撃をしなくてはいけない理由があったということになる。
「その理由とは何だ……?」
またケインが呟いたとき勢いよく扉が開かれミケが飛び込んでくる。
「ケイン!あの子がいなくなったにゃ!!」
ケインは立ち上がり腰にいつもの黒い長剣を差すのであった。
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