第28話 狐にて
夕日が沈みかけている。
その柔らかい日差しを浴びながらケインは目的地に到着する。
ここは王都の小料理屋。隠れ家のようなこの店は王都にあって闇深く治安も良くない場所にあり、知る人ぞ知る店である。常連客からは「狐」と呼ばれているが真の店名は誰も知らなかった。
無造作に扉を開け中に入るケイン。
「いらっしゃいませ。ケインさん」
艶っぽい声が耳に心地よい。声の主であるキャリーが今日も着物を着崩したセクシーな洋装で頭を下げる。その美しさは相変わらずだ。
「キャリー。相変わらず魅力的だ。それと昨日は大変だったのに店に出て大丈夫なのか?」
「ふふふ。大丈夫ですよ。久しぶりに楽しめました。ケインさんの剣も拝見しましたし」
「あの家では姿が見えなかったが見ていたのか?」
「ええ。流石です。お父様譲りのよい太刀筋をしていました」
「何でそんなことを知っているのかは聞かないことにするさ」
そう言ってケインはカウンターに腰を下ろす。キャリーは柔らかい笑みを浮かべて暖かく蒸された綿製の布を両手で渡してくれた。
「それとキャリー、情報をありがとう。あの子供の暮らしていた孤児院は特定したよ」
「どちらの管轄だったのです?」
「レー二ディア家だった」
「ほう。それは…」
キャリーは言葉を切った。それに合わせるように渋い声が響く。
「ケイン!今日は早いじゃないか?酒でいいのか?」
「マスター。今日はやめとく。ちょっと嫌な予感がしてね。暗くなる前に帰るよ」
察したマスターは
「じゃあ、なんか食っていけ」
そう言って調理を始めた。
「マスター。実はマスターに聞きたいことがあるんだ。最近のレー二ディア家について何か聞いていないか?」
このマスターは小料理屋の店主をしているがモグリの魔工士であり、裏の世界にも詳しかった。
「ん?昨日キャリーがからかった連中がらみか?」
「ああ。キャリーが変身した子供がレー二ディア家管轄の孤児院で暮らしていた。あの子供は斥候に関する訓練を施されている可能性がある。孤児院が盗賊に関わっているかもしれない」
「そいつは物騒な…」
そう言いながらマスターは手を動かす。
「もしそうなら私は首謀者を許しません」
キャリーが笑みを浮かべながら呟く。マスターもケインも少しだけ固まった。何も聞かなかったことにして男二人は会話を続ける。
「レー二ディア家だったな。ケインも知っているようにあそこの先代はお前の親父さんの忠臣だった。戦争の英雄でもあり人格にも優れた好漢だ。だが最近代替わりしたと息子の評判はよくない」
「そうなのか?」
レー二ディア家の当代は25歳。ケインもやや年上ではあるが同世代と言われるレー二ディア家の当代とは何度か顔を合わせたことがある。
偉大な父を持つプレッシャーで気負った印象はあったと思うが、それほど悪い人物とは思っていなかった。
マスターは頷く。
「平民相手に無体を働いているという話が聞こえてくる。優秀な父親と比べられる鬱憤を身分が下の者へぶつけ憂さを晴らしているといったところか…」
「そんなことをしているのか?相手がレー二ディア家では訴えるだけ無駄と思われているか…」
憮然としてしまうケイン。
「それになケイン、お前への嫉妬もあるようだ」
「おれ?」
「知らないとは言わせないぞ。皇太子としてのお前の人気は高い。父王と肩を並べる剣技を持ち携わる政策は民のことを第一に考えた方針を取る。既に英傑と名高いからな」
同じ優秀な父を持ちながら英傑と謳われる皇太子と凡庸な自分。その溜まった鬱憤が当代の人柄を歪めたか…。
「しかしレー二ディア家の者なれば国の一翼を担う者だ。凡庸だろうがなんだろうが民を第一に考えるのが当然なのだが…」
「そう上手くいかなのが人間よ」
「だろうな…」
そんな会話をしながらカウンター越しにマスターは丼をケインに差し出す。
米の上に焼いて薄切りにした豚肉が甘辛風のタレを纏い花びらのように並んでいる。これは美味そうだ。
箸を器用に使い米と豚肉をかきこむケイン。
「マスター。美味いよ。最高だ」
そう言われてマスターも満足げな表情だ。
「マスター。レー二ディア家についてもう一つ聞きたい。孤児院をどうやって運営しているか知っているか?」
マスターはバンダナを直しながら答える。
「あの家は代替わりしてから資金面を支える出入りの商会を変えている。その商会が運営の中心のはずだ。確か……」
そう言ってマスターから商会名を聞くケイン。ケインがこの名前を聞くのはここ2日間で3回目であった。
『ウエイランド商会』と……。
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