第24話 獣人の子供と強盗と

 日の落ちた王都、ケインは建物の屋根伝いに疾走している。


 春のこの時期、遠く見える山脈にはまだ雪が見て取れた。そんな風景を楽しむ余裕もなくケインは街の上空を急ぎ移動していた。原因はアルフレッドから渡された手紙である。

 手紙にはミケとララの連名で『急ぎでミケの家に来てほしい』ことと『気配を消して二階から入ってきてほしい』ことが記載されていた。何事か分からないが装備を解くこともなくケインは屋敷を飛び出しこうして疾走している。


 ミケの実家は商会地区の外れにあり、酒屋を営んでいた。最近はミケが一代貴族に叙されることの準備で休みが多かったはずだが…。そんなことを考えながら移動している内にミケの家が見えてくる。

 二階の窓が開いていたので気配を断ったケインは音もなく屋根から飛び移り、器用に窓枠に手を掛けて家の中に飛び込んだ。


「にゃ。ケイン。いらっしゃい!」

「突然お呼び立てして、すみませんですわ」

 ミケとララが出迎えてる。

「それはいいが、何があった?余裕があるならミケのご両親に挨拶をしないとな」

「二人とももう一つの家に移動してもらったにゃ」

「ということは厄介事か…」

 ミケも歴戦のハンターである人から恨みを買うこともあった。そのため共に暮らしている両親の安全確保を目的に複数の家屋を王都や別の町に構えている。稼ぐハンターにとってこの程度は造作もなかった。ケインも何かトラブルに巻き込まれていることを察した。

「何があったんだ?」

「この子と強盗がくるにゃ」

 とミケが部屋の傍らで眠っている獣人の子供を指した。どうやら犬の獣人らしい。気配を消すためなのか認識阻害の魔法をかけられている。

「この子と強盗?」

「詳しく事情と状況を説明しますわ」


 ララが語るところによると、今日の午後、ミケ、ララ、キャリーの三人で女子会なるものをやっていたらしい。

 女子会なるものの内容や、キャリーが来ていたことなどいろいろと気になるケインであった。またキャリーの姿が見えないことを不審に思うがとりあえず話を聞くことにする。


 その女子会中、ミケが斥候としての本能か不穏な気配を感じた。普段は店として使用しているスペースに誰かが忍び込んだことを察したミケはこの子を捕らえることになったという。ミケは完全に大人の泥棒を想定していたため驚くとともに不審に思った。この家は一流の腕を持つハンターであるミケの手によって泥棒除けの罠が仕掛けられている。あまり大掛かりなものではないが子供がやすやすと忍び込めるようにはできていないはずであった。

 つまりこの子はその技術を持っている。


 それを聞いたキャリーが記憶探索サーチメモリーの魔法を使いこの子の記憶を探索した。

「!」

 驚くケイン。記憶探索サーチメモリーは失われた魔法とされている。そんなものを使える獣人が小料理屋で働いている。キャリーが只者ではないことは重々承知しているケインではあるが、最早どうしたらよいのか分からないほどの衝撃だったが言葉にはしなかった。声が出なかったとも言う…。それでもララの話は続く。


 その結果、キャリーが読み解いたのは今夜この店に強盗がはいること、この子はその探索役として送り込まれたことであった。

「最近、何日も店を開けてなかったにゃ。不在と取られたのかもしれないにゃ」

「それにしてもこんな小さい子にそんなことをさせているのか?その連中が最近王都を騒がせている連中なのだろうか…」

「それはまだ分かりませんが、悲しいことですわ」

 ケインは憤る。こんなことをさせる者達を許すことはできなかった。


 ララによると三人は強盗を捕らえることを決め、ミケの両親には移動をお願いし、ケインに応援を頼んだ。そしてこの子が帰らないと連中が不審に思うだろうとのことからキャリーが変身メタモルの魔法でこの子になりすまし現在行動中とのことらしい。


記憶探索サーチメモリーどころか変身メタモルまで…」

 きっとキャリーは大丈夫かを心配するところのはずであるが、ケインは別のことでうなだれた。この世界には容姿を変えてしまう魔法やトラップは存在するが意図的に変えることが出来る魔法の変身メタモルは遥か昔に失われてとされている。記憶探索サーチメモリー変身メタモル非常に便利な魔法であるため研究は盛んに行われているが上手くいったという話は聞いたことがなかった。公にすると世界がひっくり返りそうな気がするため聞かなかったことにしようとケインは決意する。


「状況は理解した。キャリーはきっと大丈夫だろうとは思う。それで作戦はどうする?」

「にゃ。この建物に侵入してくる連中はララが捕らえるにゃ。監視している者がいる筈なのでそいつをあたしとケインで捕まえるにゃ。きっとこの子に変身したキャリーがいるアジトのような場所があるはずだから、わざと逃がして追って行ってもいいにゃ」

「分かった。おれは建物の外から見張ることにしよう」

 ミケはこの建物を監視しやすい場所とその場所すら監視できる場所をいくつか教えてくれた。さすがは歴戦のハンターである。自分の家屋の周囲に関する状況把握は完ぺきだった。


 その教えてもらった監視場所に移動し、身を潜めて周囲を伺うケイン。既に夜は深くなっており人通りはない。



 …何刻ほどたっただろうか……。

 ケインは闇に紛れて移動している人の気配を感じるのだった。

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