第22話 愚かな者

「お前が女を侍らせて悦に浸っているっていうハンターのケインか?」

 苛立った声の主はそう言いながらケインの前に立った。


「?」

 ケインは不思議そうな顔をしている。彼にしてみればいつも連れているララもミケも大切なそして強力なパーティメンバーである。別に侍らせているわけでも、悦に浸っているわけでもなかった。


 しかしこれはあくまでケインの視点からの話であり、ララもミケも誰もが羨む美貌の持ち主であることは事実な訳でやっかみや嫉妬はいつものことだった。それにしてもここまで露骨に接してくる奴も珍しい。


 ケインが皇太子であることを知っているハンターやケインがかつてA級ハンター達をボコボコにしたことを覚えている連中は必死に笑いを堪えている。


「きっと違うケインだと思うが……」

 淡々と答えるケイン。絡んできた男の装備にちらりと目線を動かす。なかなか高級な装備だ。武器はさておき、防具に関してはハンターの標準的装備の自分と比べたら雲泥の差と言えるだろう。商会の御曹司か何かだろうと当たりを付けるケイン。


「うるせえ。こっちはてめえがあの猫の獣人と一緒のところをみてるんだ!」

 苛立つ男。ケインは困っている。そもそもこいつの用件は何なのだろう。

「まあまあ。分かったから。それでおれに何の用だ?そもそもお前は誰だ?」

 男は真っ赤になって激昂する。どうやら名前を知られていないことが不愉快らしい。そんなこと言われても困るとケインは思う。ケインは独自にハンターをやってきたので他のハンターとつるむ機会が少なかった。


「いや申し訳ない。それでお名前は?」

 さらに顔を赤黒くしながらも男は答える。

「ボーグ。A級ハンターのボーグ様だ。このB級風情が!」

 聞いたことのない名前だったケインは構わず質問を重ねる。周囲は体を九の字にして笑いを堪えている。共有スペースの遠くでは男がどうなるかで賭けが始まっているらしい。

「よろしく。ボーグさん。それで用件は?」

 とりあえず「さん」をつけるケイン。


「あの猫の獣人をおれによこせ。てめえにはもったいないからな。それで勘弁してやる!」

 ケインの目が一瞬細くなる。体を九の字にしていた勘のいいハンター達はその雰囲気の変化に凍り付く。殺気こそ出してはいないがケインが明らかに様子を変えたのだ。男はそのことに気付いていない。ハンターの一人が受付に飛び込んでいく。だれか仲裁ができるものを呼んでくるようだ。このままでは男の腕が飛んでも驚かない状況になってくる。


 ケインが口を開くよりも早く。

「何をやってるんですか!!」

 よく通る厳しい声が飛んだ。シェリーである。周囲のハンター達は胸を撫で下ろした。どうやらここでの流血は避けれそうだ。


「やあ。シェリー。こちらのボーグさんが………」

 ケインが話しかけるのを遮るようにボーグと名乗った男が割って入る。

「てめえごときB級がシェリーに気安く声をかけるな!シェリー。こいつはB級の……」

「誰があなたに喋っていいと言いました?」

 ボーグの話をシェリーは寸断した。呆気にとられるボーグを尻目にシェリーはケインに向かって頭を下げる。


「ケインさん。申し訳ありません。このボーグさんはウエイランド商会の息子さんで最近この街に戻られたA級ハンターさんです。そのためいろいろ分かっていないことも多いのです。ここは私の顔を立てて穏便にお願いします」

「ああ。分かったよ」


 事も無げに返すケイン。ウエイランド商会の名前が出てくるとはケインも意外だった。ウエイランド商会は覇国でも5本の指に入る大商会である。確かハンターになった次男がいたと聞いたことがある。それがこれか…。


「寛大なお心遣いありがとうございます。それにしてもミケさんよかったですね」

「ああ。それに………」

 親しげに世間話を始める二人を見て赤黒かったボーグの顔色は何色か分からないくらいに変色していく。シェリーはこのギルドにおける受付の花形だ。当然A級ハンターの自分に便宜を図ると思っていたのに全く違う対応をされたのだ。


 ひとしきり話し終えたシェリーはボーグに向き直る。

「ボーグさん。パーティからメンバーを引き抜く行為はメンバーと本人の了解なくしてはできない行為です。それを恫喝するなんて問題です。次のランク査定の際に不利な要素となることは理解してください」

「そ、そんな……」

「分かりましたね」

 畳かけるシェリー。シェリーはギルドマスターにも意見を言える優秀な受付だ。ギルド内でその影響力は大きい。ここでこれ以上揉めると厄介なことになりかねない。ボーグは黙って俯く。ケインの姿は既になかった。ボーグの怒りが頂点に達したことは想像に難くないが、ギルド内での争いは回避できた。ケインさんなら大丈夫だろうと思うシェリーであった。


「くそが!」

 こんな屈辱は受け入れられなかった。ボーグは怒りを滲ませながらギルドを後にしたのだった。


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