第17話 領主館

 ケインとミケはファーブル領の領主館の前に到着した。門番に要件を告げる。

「ハンターのケインとミケだ。依頼されたクエスト吸魔草採取の件で来た。領主の息子であるミハエル様にお会いしたい」

 待つように言われ、時間をつぶす間ケインはふとミケに目をやるとのミケの耳が垂れていた。

「どうした?ミケ?」

「にゃー。なんか嫌な感じがするにゃー」

 ミケは猫の獣人だ。何かを感じ取っているのだろう。ケインも自分の推測が外れることを祈っているが嫌な予感は離れなかった。


 許可が下り、一階の応接室に通される。武器を預かると言われたがそれは拒否した。常に危険と隣り合わせのハンターにとって武器は命と同じもの。そして今はクエスト中だ。ハンター規則にもクエスト中の武器の形態は場所の如何を問わず認められるものとされている。これは広く常識とされていた筈である。そう説明して睨むとその使用人は引き下がった。あまりよい印象を持たないままにケイン達は案内される。


 応接室には二人の男がケイン達を待っていた。

「お待ちしておりました。如何でした?吸魔草はありましたか?」

 一人はミハエル。応接室で椅子から立ち上がり声をかけてくる。もう一人は執事だろうか黙って一礼する。

「ああ。依頼は達成した。いま渡す」

 アイテムボックスから吸魔草を取り出すケイン。執事らしき男が受け取る。

「おお。ありがとうございます。これで、これで父も…」

 涙ぐむミハエル。やはりこの行動に嘘はないとケインは思う。ミケに目をやると同意の視線を返してきた。

「すみません。あまりに嬉しくて。私はこれから父に吸魔草が手に入ったことを話してきます。お客様に何も出さずに帰すのは領主の面目が立ちません。ぜひお茶を召し上がっていって下さい。依頼表の署名と報酬の件はその後で…」

 そう早口で話して部屋を飛び出していったミハエル。

「ミケ。折角だから頂こうか」

「にゃん」

「こちらにお座りになってお待ちください」」

 執事らしき男の案内に従い、二人はソファに腰を下ろす。部屋を出ていく男。一体何者だ。ケインは思っていた。気配がおかしい。初めて会ったときは軽い違和感だったがミハエルが出て行ってからは妙な気配を放出していた。しばらく待っていたその時、


「ケイン!」

 ミケが叫ぶ。ケインも反応した。夥しい魔力を感じる。周囲に何から浮かび始めた。針だ。無数の針が空中に出現する。一本目の針が浮かんだ瞬間、ケインとミケは窓に向かって走り出した。黒い長剣から神速の斬撃を繰り出し窓と周囲の壁を斬りつける。二人同時に体当たりをして壁をぶち破り外に飛び出した。傷はない。広い庭にでたようだ。館から距離とって態勢を立て直すケインとミケ。


「これはこれは。ぼっちゃんは想像以上に優秀なハンターを雇ってしまったようですね…」

 先程の執事がぶち破られた壁の穴から姿を現す。周囲に針が浮いている。変わった魔術を使うと思うケイン。

「これが領主のためにクエストを達成したハンターへのファーブル領のやり方か?」

 そう問いかけるケイン。執事は笑みを浮かべながら返答する。

「いえいえ。クエストを達成したハンターなどおりませんよ。ぼっちゃんの出した依頼も明日には取り下げられるでしょう」

 ケインは目を細めた。

「そうか。これが初めての依頼ではないな?そして領主は魔力過中毒ではない。魔力過中毒様症状を伴う何かに罹った。もしくは何かになった。といったところか」

「くくくく。腕だけではなく頭も優秀なようだ。貴方のように察しのよいハンターも珍しい」

「ケイン。昨日の通りかにゃ?」


 ケインの話した内容は

『領主が何らかの表に出せない理由で魔力を欲するようになり、そのため魔術師を誘拐した。そして魔力欠乏症を魔力過中毒と勘違いしたミハエルがクエストを出すことによって領主の現状に注目が集まることを防ぐため秘密裏にハンターを抹殺しようとしていた』

 といったものだった。


「ミケ。恐らく正解だがもっと始末が悪い。ミハエルは結構前から吸魔草採取の依頼を出していたのだろう。王都は遠い。ここガルムから近い覇国内のギルドを使ってな。理由は間違いなく領主である父を救うためだ。しかしそれが上手くいかなくて今回王都まで来たのだ」

 ケインは執事から目を離さず続ける。


「領主は魔力過中毒などではない。推論込みだが、魔力過中毒の主な症状は皮膚の脱落。だがもう一つ同じ症状を起こすものがある。重度の魔力欠乏症だ。皮膚の脱落が起きるような魔力欠乏症になった場合、命が危ない。最も簡単な回復方法は他人から魔力を貰うことだ。そしてこいつらには領主の現状を公にできない秘密を持っている。だから魔力を集めるため罪もない魔術師が攫われることになった。どうだ?反論があるなら聞いてやる?」

 執事はニヤニヤとするばかり。彼の後ろから武装した兵士が現れる。その数50程か…。


「ミハエルは何も知らないのだろう。恐らく彼は父親の症状をみて魔力過中毒だと思った。そして吸魔草を手に入れるためギルドを頼った。しかし何度依頼しても吸魔草は手に入らなかった。当然だ。こいつらが依頼されたハンターを殺し依頼を取り下げさせ、ミハエルにはクエストは失敗しましたと伝える。吸魔草採取の依頼が失敗したのであれば記録が残りシェリーが気づくはずだ。だが取り下げられた際の記録は残らない。そうやってこいつらはミハエルを欺いてきた。余程ミハエルにも領民にも秘密にしたい事情を領主は抱えていると見える。しかし誤算だったのはおれたちだ。街の外で殺せなかったからこんなことまでしている」


「その通りですよ。見事です。でももう終わりにしましょう。私の針で殺して差し上げてもいいが街中で変死体も困りますのでね。狼藉物のハンターを兵士に殺させたという筋書きにしたいと思います」

 周りを取り囲む兵士。皆の目が虚ろだ。明らかに何かをされている。

「貴様。兵士たちに何をした?」

「当然。洗脳させて頂いています。あなた方が目撃した呪いと共にね。どうしますかハンターさん達。操られただけの罪もない兵士を殺して暴れますか?ますます犯罪者だ。くっくっく」

 気味悪く笑う。


 ケインは悩んだ。執事を斃すことは問題ない。問題は兵士達だ。執事を殺すことで呪いが解けない可能性もある。50人の兵士という数はケインとミケにとっては大した問題ではない。しかしケインは操られているだけの兵士達を傷つけたくはなかった。

「ケイン。あたしたちの戦い方では相性が悪いにゃ!」

 ミケも理解している。ケインの剣術は相手の手足や腱を斬り飛ばして無効化する。斥候であるミケも戦い方は一撃で命を奪う暗殺術に近い。双方共に相手を無傷で無力化する戦いは苦手だった。もし全てが解決したときに操られただけの彼らを傷つけた事実は覇国への憎しみとなる可能性がある。覇王のゲイルと宰相のコールの目指すところはあくまでも友好的もしくは正攻法でこの領との関係を築くことにある。それを無視することはできない。包囲網が縮まる。


「!」

 その瞬間、地面から無数の輝く鎖が出現した。伝説の光魔法『聖なる鎖』。その輝く鎖が凄まじい勢いで兵士達を拘束する。

って言ってませんでしたか?ケイン?」

 庭の木の上にララが立っていた。

「助かったララ!悪い。予定は変更だ。兵士達の洗脳と呪いの解除は任せる」

「にゃ。ありがとにゃ」

「承りましたわ!」

 それを見たケインとミケは包囲網を飛び越え先ほどぶち破った穴を目指す。

「させません!」

 執事が針を飛ばそうとする。しかし針は地面に落ちただけだった。

「何?」

 驚きを露にする執事を見据えるように翡翠色の髪の剣士が立っていた。

「あなたの好きなようにはさせません。私がお相手仕りましょう」

 頼もしい腹心の言葉を聞いてケインは駆け出す。

「カール!後を頼む!」

「よろしくにゃ!」

「お任せください!」

 ケイン達は館へと急いだ。


 木の上からふわりと飛び降りたララはカールの傍らに立つ。

「カール。洗脳と呪いの解除に若干の時間が必要ですわ。時間稼ぎをお願いできます?」

「もちろんです」

 余裕の笑みを浮かべるカール。

「さてあなたのお相手は私、カールが務めさせて頂きます」

 優雅に一礼するカールを前にぎりぎりと歯ぎしりをする執事。兵士を無力化したあれは伝説の光魔法。恐らくはこの女は賢者と呼ばれる部類の者。こんな化物が出てくるとは思っていなかった。

「貴様ら…。ただのハンターではありませんね?覇国の隠密部隊か何かでしょうか…。まあいい。皆殺しにして差し上げます!!」

 無数の針を出現させる。しかし発現した針の全てはただ地面に落下するばかり。

「なぜだ!何が起こっている?」

「あなたには見えていませんか?周囲に流れる風の動きが!」

 執事は周囲に目を凝らす。魔力のあるものは周囲の魔力を見ることが出来る。何も見えない…。いや見える。うっすらと魔力らしきものが空中に漂っている。違う…これは風?

 執事は驚愕した。周囲に吹く風が魔力を宿している。

「もはやここ一帯は我が手の中にあります。貴方の針が空中を飛ぶことはあり得ません」

 カールが軽く剣を振る。その瞬間、執事の右足が斬り飛ばされた。倒れる執事。

「がっ!バ、バカな。風に魔力を乗せるなんて。そしてこの斬撃は…」

「時間稼ぎをしなくてはいけないので、少しお話しでもしましょうか?風に魔力を乗せているのではありません。この風が私の魔力なのですよ」

「!」

 執事は目を見開きさらに驚愕した。ここは独立領ファーブル領である。しかし執事はある他国の話を耳にしたことがあった。それは覇国にて最強と言われる騎士の伝説。魔力の風を操り、魔力の風を纏い、戦場に血の嵐を巻き起こす。覇王は風を纏いてこそ最強。そんな言葉が囁かれるように、かの大戦の折、現覇王と共に無敵を誇り、覇国を守り切った最強の騎士がそう呼ばれていた。

「か、風騎士?」

「そうこれは風騎士の技。父をご存じのようですから名乗らせて頂きましょう。覇国における覇王が部下、覇王と共にありて最強となる近衛騎士シリウス=ヴァイスが息子カール=ヴァイスと申します」

 執事は絶望にかられた。伝説の風騎士と同じ技を使うその息子と賢者と思しき女。


「カール!兵士達の洗脳と呪いは解除しました。まだ意識は目覚めませんが問題ないはずですわ!」

「さすがです。ララさん」

 カールの視線が外れた瞬間、往生際の悪い執事はカール目掛けてナイフを投げる。苦も無く躱すカール。

 その僅かな間を狙い、片足ではあったが尋常ではない勢いでララに飛び掛かる執事。右手にナイフが煌めく。賢者であれば武器での攻撃を捌けないとでも思ったか。それともララを人質にすれば風の技を封じれるかもしれないと考えたのか。しかしララを標的にした執事は後悔する。ララの肩に手を掛けようとした瞬間、絶叫が響いた。執事は斬撃を肩口に叩きこまれ上半身を真っ二つにされている。斬撃を放ったのはララだ。仕込み杖の刃が煌めく。

「カール!人が悪いです。助けてくれてもいいじゃないですか?」

「この男があなたを甘く見ていたので後悔させようと思いまして…」

 何事もなかったように話す二人。

「そ、そんな…賢者に剣術が……」

 執事にはまだ息があった。

「何を勘違いしているのですか?魔術師だから剣術ができないなんて偏見ですわ。剣士に守られる魔術師など戦場では欠陥品も同然。剣士と共に戦えてこそ魔術師です!」

 カールはため息をつく。

「それを実現しているのはあなたくらいですが…」

「さ、強制回復させて尋問しますわ?」

 ララが魔法を発現させようとしたその時、執事の体が黒く変色する。

「これはあの呪い?この男が施したものではないのですか?」

 驚くララだが何とか回復させようとしたそのとき、

「ぐあああああ!」

 執事の身体がボロボロに崩れ去った。成す術もなく立ち尽くすララとカール。

「余裕を見せすぎましたか。すみません。ララ。こんなことでしたら私が無力化していたものを…」

 ララは首を振る。

「あちらの兵士達でしたら一目で呪いの存在に気づくことが出来ました。しかしこれは違います。かなり高度な隠蔽魔術で呪いの存在を隠していました。おそらく本人も知らなかったでしょう。誰がこんなものを…」

「あなたであったも気づくことが出来ないほどの隠蔽魔術ですか。どうやらこの騒動には黒幕がいるかもしれませんね」

 ふうっと息を吐く。

「さて殿下はご無事でしょうか?」

 戦闘を終え、館を見上げながらカールは呟くのだった。


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