第18話 覇王剣
ララとカールが執事との戦闘に入る少し前…。
館に飛び込んだケインとミケは領主の部屋を目指す。
「ミケ。領主の部屋がどこか分かるか?」
耳をぴこぴこと揺らすミケ。
「んー。二階から嫌な魔力が漏れてくるにゃ」
その答えで二階へ移動することを決めるケイン。二階に上がってみるとケインもその魔力に気づく。一枚の豪華なドアが禍々しい魔力を放っていた。
「この部屋か…。音声遮断と魔力遮断の魔法が使われている?」
「これでは下の騒ぎは伝わらないにゃ」
ケインはドアに手を掛ける。徐に開けるとそこには異形の腕によって腹を貫かれているミハエルの姿があった。
「ミハエル!」
叫ぶや否やケインはミハエルの体を貫いている異形の腕へ斬りかかる。しかし腕は収縮しケインの斬撃は空を切った。
「にゃ!」
ミケがミハエルを抱えて距離を取りポーションを振りかける光景を目の端に捉えながらケインは腕の持ち主であるベッドに横なったままの領主を見据えた。
「貴様、何をした?」
ケインの声が厳しい。ケインの目には既にこの男が人間には見えなかった。これが表に出せない秘密だったか?悍ましい程の魔力が目の前の男から感じられるが目には精気がない。
「よ、よう、ず、用、済、みだ、だ、だ、だか、ら、こ、こ、殺す、殺、す、コ、ロス」
言語が不明瞭になっている。これほどの魔力…。既に人でいることが難しくなっているのだろうか…。ケインは重ねて問う。
「何故だ領主よ。そなたは善政を敷いてきたはず。何故魔力のために領内の罪もない魔術師を攫った?何故彼らを殺した?答えよ!」
眼は虚ろで見えているかも定かではない。しかし耳は聞こえているようだ。領主は詰りながらも答え始めた。
「づ、妻に、づま゛に、あ、あああ、あう、あう、会う。お、おおお、おじえ、教え、おしえでも、貰ら、ら、っった、ま、ま゛まりょ、まりょく、も、もっと、もっと」
ケインは真相までは遠いと思いながら大体のところは理解した。領主は何者かに魔力を高めれば妻にもう一度会うことが出来ると信じ込まされたのだろう。何らかの新興の教えか、邪教の類か…。
「領主よ!何を言っている?何を信じた?お前に何があったのだ?死者は蘇らない。
しかし領主は無言のまま無属性の魔力弾を放ってきた。躱すケインだがこの事態がまずいことは分かっていた。このままでは救いようのない事態になると考え再度、領主に声をかける。
「魔術師を殺した事実はもはや変えられない。今すぐここで腹を斬れ。そうすればこのケインがミハエルの後見となり、跡を継げるように尽力しよう。おまえはミハエルまでを不幸にする気か?」
領主の自決をもってならば、覇国が介入し被害者の遺族に十分な見舞金を与えるとともに、ミハエルもまた犠牲者の一人と証明できる。もしここでケインが領主の攻撃に反応すれば、領主がハンターであるケイン、つまり覇国の皇太子を襲い、皇太子がそれに反撃したと言う形になり領主に責任が及ぶ。ミハエルが知っていても知らなくても彼らの一族はここに残れない。それはケインの望む結末ではない。
しかし領主はベッドの上に立ち上がり頭を振った。首から何かを下げているあれは…。銀の鎖…銀鎖か?
「う、うる、うるさい!じゃ、邪魔、じゃまをするなら、コロス、み。皆、コロス、コロス、コロス、コロスコロスコロスコロス…」
鎖を引く領主。ケインは直感的に気付き叫ぶ。
「やめろ!」
銀鎖が引き千切られた。その瞬間、銀鎖が輝き領主の身体が崩れ…いや違う。崩れかけた身体は黒い塊となって膨張する。信じられない光景だった。まさに異形の怪物…。この世界には人の外見を変える魔術などは複数確認されている。しかし人がこのように異形の魔物になるとは、ケインでも俄に信じられない現象だった。ミケは未だ意識のないミハエルを庇って距離をとる。
4メルトはあると思われる館の高い天井に届かんばかりのぶよぶよ巨体に既に人の形を成していない四肢。巨大で精気のない目がこちらを見る。だらしなく口が開いて咆哮を上げた。口から黒い液体の塊を吐く。躱したケインがさっきまで立っていた床が溶ける。
「酸か?既に人ですらないのか!」
そう言いながら一気に距離を詰め黒い長剣を振るう。ケインの長剣の動きに合わせるようにもはや領主とも呼べない黒い魔物が腕を出す…。
「なに?」
金属音と共にケインの斬撃が弾かれる。ケインの斬撃は超高度で知られるミスリルをいとも容易く両断できる。それが弾かれた。オリハルコンを皮膚に溜めた状態だった特殊個体の
ケインは立ち上がる。
「これまでか。すまない。ミハエル」
そう言って黒い長剣を横に寝かせて構えた。不思議な構えである。
「にゃ!」
ミケは気づいた。ケインが本気であることを。本気で領主を、いや領主だったあの魔物を全力で斃すつもりであることを。
「領主よ!まだ人の心が残っているなら聞くがよい。そしてこの剣をみるがよい。おまえの呪われた…いや何者かに仕組まれ、呪いの道を踊らされたその悲しき人生を…このケイン=ハーヴィが覇王の名のもとに終わらせよう」
それは
先ほどまで精気が見られなかった領主の濁った瞳に恐怖の色が浮かぶ。そうそれは恐怖…。領主の薄れかけている人の意識の中に、かつての恐怖が現れていた。
『戦場で
かの戦争を経験したものなら誰もが……そう誰もが知っている。かつての戦争で無敵を誇った覇王は敵対する全てのものを両断した。敵対する者にとってその姿は悪魔とも死神とも形容される絶対的な恐怖の象徴であった。その手には
「覇王剣!」
ケインの言葉と共に
「せめてもの情けだ。光になるがよい!」
そう言って
「!」
声にならない声を出して長剣を横に薙ぐケイン。再びの斬撃をまともに受け横一文字に両断される黒い魔物。見るとその切り口から魔物が光の粒子となって崩れ始める。
「お……………お………お………」
光の粒子となって舞い上がる魔物。そして一瞬の強い光を放ちながら光の粒子は消滅する。
「覇王剣。奥義の一つ。光の舞」
ケインの呟きが戦いの終了を示していた。
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