第15話 ダンジョン探索

「ここがファーブル領に発生した新しいダンジョンか?」

 ケインとミケは洞窟の前に立っている。

「はい。お待ちしておりました」

 そう答えるのはギルド職員。新しいダンジョンであるため数人で入り口に駐在しハンターの出入りを制限していた。

「では行きますか!」

「にゃ」

「どうぞご無事で!」


 職員の声を背中に受けながら躊躇なく洞窟の中に入っていく二人。どうやら第1層は迷宮型らしい。

「迷宮型か。壁の鉱石が光を放っているから光球ライティングの魔術も必要ない。ミケはマッピングと罠の解除を頼む。モンスターが出そうなら下がってくれ。おれが相手をする」

「はいにゃ」

 とりあえずの目標は吸魔草きゅうまそうの採取である。話に聞いていたのとは違い入り口に光虫こうちゅうの姿は見えない。第1層には強い魔物は出ないらしい。早々に第2層への階段を見つけたケインとミケは降りていく。今回は魔物のドロップアイテムはよほどレア物でない限り必要とはしないのだ。時々出会うスライムやスモールウルフといった魔物と出会うがケインの敵ではなかった。迷宮も大きくない。第4層への階段が目の前にある。第3層までは一日で辿り着ける長さであり初心者のハンターでも問題ないダンジョンに思えた。


「ここまでは初心者ダンジョンということになるかな?」

「にゃ。罠もないし迷宮自体も難易度低めにゃ。魔物も弱いしにゃ」

「ふむ。もし何か起こるなら次かその次か…。ちょっと気を引き締めよう」

「にゃ」

 ダンジョンによっては急激に難易度が跳ね上がることもある。気持ちを入れなおしてケインとミケは第4層に向かった。


「いや…気を引き締めようとは言ったが、ここまでとは…」

 ケインは呆れ気味に独り言を呟く。

 第4層はフィールド型だった。広大な草原が広がっている。その草原からこちらに向かってスケルトンの大群が押し寄せてきている。中には剣術を使うスケルトンソルジャーや魔術が厄介なスケルトンメイジの姿も見える。500体程が100メトル先からこちらに進んでいる。移動速度は遅いがこれはハンターにとってうんざりする光景であった。スケルトンの類は魔石がとれない魔物として有名なのだ。スケルトンを斃すときは通常攻撃か聖属性の魔術を用いる。通常攻撃の際、頭部を壊せば斃せるのだが、如何なる方法で頭部を壊しても頭部の魔石は粉々に砕けてしまう。聖属性の魔術を使用した場合は魔石ごと消滅してしまう。ハンターにとってスケルトン系の魔物は命を賭けるには割に合わない魔物であった。


「ララがいれば一発だったが仕方ない」

 ララは強力な聖属性の魔術を使うこともできる。その力があれば楽勝なのだが今日はそうもいかないようだ。ケインが黒い長剣を抜き放つ。

「ミケ。スケルトンメイジの魔術と他の魔物や罠に注意してくれ。スケルトンどもはおれが全て斃す。サポートを頼む」

「分かったにゃ」


 ケインとミケは走り出す。今いる場所がスケルトンに埋め尽くされて移動ができなくなるのが怖い。100メルトの差を一気に詰めて、ケインが黒い長剣を振るう。斬る。斬る。斬る。斬る。


 一振りに3、4匹の頭部が砕き散らされる。スケルトンどころかスケルトンソルジャーも相手にならない。圧倒的な剣速と破壊力で魔物の群を圧倒していた。ときおり飛んでくるスケルトンメイジのファイアボールやストーンバレットはタイミングを読んだミケの指摘で射線を外して躱す。一刻程が経過したところでスケルトンの群は全滅していた。


「ふう。なんという不毛な戦いなんだ。初級用のダンジョンかとも思ったがこの層は問題だな。上級でも相性が悪いと全滅するぞ。」

 ケインは息を切らすこともなくミケに語りかける。

「にゃ。周辺にもう群のようなものはないようなのにゃ」

「とすると、この群そのものが復活して襲ってくるのか、徐々に群を形成するのか…。特定は後日だな」


 初のダンジョン探索クエストというのは全ての謎を解明できるものではないし、それを目指すものでもない。ダンジョン探索時の大きいリスクとベネフィットを特定することが求められる。新しいダンジョンがリスクとベネフィットを天秤にかけた際に潜るべきものなのか、各層においてどの階級のハンターが相応しいのかを報告することが主な任務となった。ケインのパーティはこの調査結果の確度が高いため非常に頼りにされていたのである。


 調査を継続し、フィールドが広大で終わりを見つけられない中、第5層への階段を見つけた。

「ミケ。第4層には吸魔草の群生地はなさそうだ。今回の調査は吸魔草の確保を優先する」

「それがいいにゃ。にゃ!にゃ!」

「!」

 唐突にケインに向けてミケがナイフを投げる。尋常ならざる速度で飛来するナイフをケインは躱す。ナイフはケインの後方5メトル程のところを飛んでいた大きな虫を打ち抜いていた。

「ケイン。ごめんにゃ。おっきな虫がもの凄い速度で迫っていたので反射的に投げてしまったにゃ」

「ああ。それは構わない。しかしどんな虫だ?」

 近寄ってみる二人。かなり大きな甲虫の魔物である。その形にミケが気付いた。

「ケイン。これは光虫こうちゅうにゃ。すごく大きいけどにゃ」

 ケインも頷く。光虫こうちゅうは小さく集まって飛ぶ無害な虫の魔物だ。王立図書館の魔物図鑑に載っていた1匹の詳細な絵と一致していると思う。

「ここまで大きいってことは吸魔草きゅうまそうがあるってことかな?」

 そう呟いて辺りを見回すと、反対の方角から巨大な光虫こうちゅうが飛んできた。

「ミケ。殺すな行き先を見たい」

 そう指示したケイン。見ていると巨大光虫こうちゅうは第5層への階段に飛び込んだ。

「「!」」


 顔を見合わせるケインとミケ。通常の場合、ダンジョンの各層は魔力的な障壁で区切られているとされる。魔物に追い立てられたハンターが命からがら層を繋ぐ階段に辿り着いた瞬間、魔物の攻撃が届かなかったという話は広く知られていた。長期滞在で有名なダンジョンでは階段部分をセーフティエリアとしている場合もある。虫とはいえ魔物が階段に飛び込むとは俄かに信じられない現象だった。


「これはギルドに報告する事項だな。このダンジョンだけかもしれないが階段部分は必ずしも安全とは限らないことが示されてしまった」

「大発見にゃ」

「そして光虫こうちゅうが下を目指したってことは吸魔草がある可能性が高い。少し時間がかかっているが次の層までは攻略しよう」

「問題ないにゃ」

 まだまだ余裕がある二人は第5層に降りた。


「これはまた真っ暗だな」

 第5層は漆黒の闇だった。しかし直ぐに光球ライティングの魔術で明かりを点けるわけには行かない。同じ状態で光球ライティングを使ったパーティが周囲に潜んでいた光に過敏に反応する魔物に囲まれて全滅した事例がある。こういうときは斥候に頼るのだ。


「ミケ。見えるか?」

 猫の獣人であるミケとって暗闇は何の問題にもならない。

「にゃ。大丈夫にゃ。魔物の気配は周囲には感じないにゃ。ここはちょっとしたホールの様な空間にゃ」

 光球ライティング!ミケが魔術を使う。光が行き届き周囲の光景が明らかになる。確かにホールのようだ。奥の突き当たりにドアが一枚だけ佇んでいる。


「これはボス部屋というやつだろうな?」

「おそらくにゃ」

 この世界のダンジョンにはボス部屋というものがあり、特定の魔物と戦わせるような仕組みがあった。これは一種の罠と考えられており、扉に入った場合は『条件=ボスを倒す』を満たさない限り脱出不可能となる場合が殆どである。二人は扉の前に立つ。その時、巨大光虫こうちゅうがケイン達の上空を通過し岩の隙間からボス部屋の方向に入っていった。

吸魔草きゅうまそうがあるとすればボス部屋かその奥か?入るしかないらしいな」

 そうしてケインはミケと段取りを打ち合わせる。


「ライトニングを消して部屋に侵入しボスを見極める。ボスに気付かれる前に一撃を入れるのでその瞬間に光球ライティングをばら撒いてくれ。一撃で相手を斃せれば問題ない。失敗した場合は乱戦だ」

「了解にゃ」

「念のため閃光玉と煙幕玉の準備も頼む。おれにも閃光玉を一つくれ」

「はいにゃ」

「それとあの技を使うときはサポートを頼む」

「そんなことがないのを祈るのみにゃ」

 打ち合わせを終えたミケは光球ライティングを消す。そしてケインはゆっくりと扉を開いた。


 入ると直ぐに大きな気配を感じることができた。真っ暗な空間の中に何か大きいものがゆっくりと動いている。ミケは光球ライティングをばら撒ける場所を探してケインから離れる。ケインはゆっくり動く気配を追って距離を測る。動き、気配の形、サイズから地竜グランドドラゴンだろうと思われた。


 地竜グランドドラゴンは小型から中型の4足歩行の竜種であり外の世界においてはB級上位のハンターパーティであれば討伐可能な程度の魔物である。しかしダンジョン内では特殊固体の発生が多い種類として知られていた。ダンジョン内の地竜グランドドラゴンはそのダンジョンの魔力によって体内に特定の金属を生み出すことがある。そうなった場合は生み出された金属が皮膚に集まるため非常に防御力の高い特殊固体の地竜グランドドラゴンが誕生した。確かミスリル製の皮膚を持つ地竜グランドドラゴンにS級ハンターが数名で挑み全員が殺されてしまったため、そのダンジョンが封印されたことが東方であったと聞いたことがある。


 一応、ミスリル程度なら何とかなるだろうとケインは思っている。大きな気配が止まった。この機会を逃さないようにケインは静かに近づく。ミケはこちらの動きを分かっているはずだ。ケインは気配の形から首筋の位置を定めて渾身の力で斬りかかった。


 大気が震えるような金属音が部屋中に響く。

光球ライティング!」

 ミケの声が響き数十の光の玉がばら撒かれ魔物の姿が明らかになる。

 斬れなかった。後方に飛ばされたケインは多少の驚きを隠せない。直ぐに体勢を立て直し魔物に迫る。魔物は地面を揺るがす咆哮を上げる。小型の地竜グランドドラゴンであることは間違いない。

 しかし皮膚の硬度が尋常ではない。光球ライティングに照らされた皮膚は見たことがない色をしている。鉱石の特定を後回にしたケインは頭部を狙って再び斬りつける。


 頭部に刃が届くと思った瞬間、俄かに信じられない速度で反転した地竜グランドドラゴンは尾を振り回すことでケインの斬撃を迎撃した。振り回した尾と黒い長剣の斬撃が激突し再び凄まじい金属音が響く。と同時にケインは凄まじい勢いで吹っ飛ばされ壁に叩きつけられた。床に倒れるケイン。その上から先程の衝撃に耐えられずに剥がれた壁や天井の岩が降り注ぐ。そして咆哮を上げながらそこに突進しようとする地竜グランドドラゴンの特殊固体。


「にゃ!」

 叫んだミケは閃光玉を地竜グランドドラゴンに向かって投げる。見事、頭部に直撃し閃光が炸裂する。一瞬ひるんだ地竜グランドドラゴンは投げたミケを見つけて今度はミケに敵意を向け咆哮をあげる。地竜グランドドラゴンの突進。ミケは軽やかに躱しながらダガーによる一撃を加えるが皮膚を傷つけることができない。ミケの素早さがあれば地竜グランドドラゴンに負けることはまずない。しかし手持ちのダガーでは得物としてはあまりにも不十分であった。2度、3度と突進を躱しながらもミケは手詰まりになっていた。このままではまずい。そんな時、背後から瓦礫の吹き飛ぶ音が聞こえてきた。ミケは笑顔で視線を送り邪魔にならないよう側方へ飛ぶ。


「ケイン!遅いにゃ」

「悪かった。後は任せてくれ」

 数箇所から血を流しながらケインは閃光玉を放ち地竜グランドドラゴンの気を引く。少しだけ怯んだ地竜グランドドラゴンは再びケインを見据える。唸り声が響いてくる。自分の技をまともに食らって立ち上がってきたケインを厄介な敵と認識したのだろう。地竜グランドドラゴンが渾身の突進を繰り出そうとしたとき地竜グランドドラゴンの周囲に煙幕が焚かれる。ミケが投げた煙幕玉だ。


 その僅かな時を利用してケインは神速で間合いを詰めた。躊躇を見せる地竜グランドドラゴン。ケインが飛び込む。そして地竜グランドドラゴンはその生命活動を永遠に止めたのだった。煙幕からケインが姿を現す。ミケが近寄ってきてポーションを渡す。


「ミケ。終わったよ」

 ポーションを飲みながら笑うケイン。

「驚いたにゃー。あそこまで苦戦するとは思わなかったにゃ」

「ああ。これも報告案件だな」

 そう言いながら振り返り、背後に佇んでいる動かなくなった地竜グランドドラゴンに触れた。その瞬間、地竜グランドドラゴンは真っ二つになる。不思議と血が一滴も出ていない。くっつければそのまま動き出しそうな程の見事な切り口だった。皮膚をみるとやや虹色がかった黄金色だ。ミケが気付く。

「ケイン。これはオリハルコンにゃ!」

 流石に驚くケイン。しかし納得したような表情になる。

「それで斬れなかったのか」

「そんなものをこうしてしまうケインのあの技に脱帽にゃ!」

「今回はおれの手柄だな!」

「その通りなのにゃ。感謝なのにゃー」


 いつものじゃれ合いをしながらもケインは地竜グランドドラゴンの死体を調べる。

「皮膚が柔らかい。オリハルコンの硬度のまま柔軟性を維持しているらしい。ミケ!これでミケ用の防具を作ろう」

 地竜グランドドラゴンの死体をアイテムボックスに回収するケイン。

「それは最高にゃ!あとは吸魔草にゃ」

 耳を可愛く動かすミケ。

「よし周辺を探してみようか」

 辺りを探索するケインとミケ。

「あったよ、ミケ」

 ケインの眼前、岩場の影に吸魔草の群生地と下へ降りる階段があった。

「今日のところは地竜グランドドラゴンの特殊固体と吸魔草の群生地を見つけたことでクエスト終了とする。初探索としては十分すぎる成果だ!」

「にゃ。今回もうまくいったにゃ!」


 ハイタッチをして喜ぶ二人。吸魔草を集めた後、ミケは帰還石を取り出す。特殊な魔道具でこれを使えばダンジョンの入り口まで戻れる。躊躇なく使うミケ。笑顔の二人はダンジョンの入り口へと転送されていった。あまりにも早い帰還に失敗を疑っていながら近づいてきた職員だがその大きすぎる成果を聞いた後に驚愕の表情を浮かべることになった。

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