第13話 ギルドと尾行

 翌朝、ケインはギルドへ向かった。

 ケイン個人のアイテムボックスには既に明日必要となる品物の大半は格納されている。


 午後には王城に行く予定だが、既にクエストは始まっていると言ってよい。クエスト中は不測の事態に備えるのはハンターの鉄則であった。ギルドの前に到着すると既にミケが待っていた。可愛い耳をピコピコさせながら飛びついてくる。

「ケイン!おはようにゃ。昨日はホントに楽しかったのにゃ」

「ミケ。おはよう。それはよかった」

「それと伝言も受け取ったにゃ。ララとカールは残念にゃ」

「詳しい話は人がいないところで説明するよ」

 ケインは飛びついてきたミケの頭を撫でる。

「にゃにゃにゃにゃ」


 じゃれ合いながらギルドのドアを開ける。ケインとミケを見つけた受付をしているシェリーが声をかけた。

「ケインさん、ミケさん、おはようございます。こちらへどうぞ」

 そういって奥の打ち合わせ用の個室へと誘った。この個室は音声遮断の魔術が施されており機密となるクエストの説明等に使われていた。個室に移動したケイン達を前にシェリーが話を切り出す。

「ララさんとカールさんはご一緒ではないのですか?」

「ああ。二人は仕事だ。最近忙しいみたいだからな。ミケと二人で問題ないさ」

 あの二人の任務はまだシェリーに話せるものではない。ケインとミケの実力を知っているシェリーはそれ以上この話題に触れることはなかった。

「ケインさんが依頼表の受け渡しを口実にして頂いて助かりました。お気づきにならなければ私の方から『依頼表は明日お渡しします』と言ってましたから」

「少し気になったからな。ミケもだろ?」

「にゃ?領主の容態のことかにゃ?」

 当然ミケも気付いていた。昨日の説明のときシェリーは

吸魔草きゅうまそう採取の理由は領主様の魔力過中毒まりょくかちゅうどくを治すのためとのことです。』

 とは言ったがこのことをギルド職員が確認したとは言わなかった。


「流石です。ケインさん。今回のクエストについてギルドでは領主様との謁見が叶わず、魔力過中毒まりょくかちゅうどくであるというファーブル領の領主様の容態を確認することができませんでした」

 シェリーの顔が曇る。

「今回のクエストに関して、私個人の見解では容態を確認するまで待つべきです。しかし吸魔草きゅうまそうが取れるダンジョンは非常に貴重なものです。領主様の機嫌を損ねることで今後のダンジョン利用に影響が出ることにリスクを感じたギルド本部の意向を無視できませんでした。不測の事態が予測される状況でしたので私の知る限り最高のハンターとしてケインさんを推しました」

「シェリー。君は優秀だ。吸魔草きゅうまそうを直接納品にしたのも不測の事態にギルドが巻き込まれないための判断だな。それとダンジョン内の吸魔草きゅうまそうの群生地を見つけた者がおれだった場合、覇国とギルドがファーブル領に接触し易いしな」

 王族が発見したために覇国は介入しやすくなり、ハンターが発見したことでギルドもダンジョンの管理へ権利を主張しやすくなる。

「ファーブル領による吸魔草きゅうまそうの独占に楔を打てるってとこかな?」

「殿下の慧眼恐れ入ります。巻き込むような形になったことをお許し下さい」

 シェリーは頭を下げた。

「殿下はやめてくれ。ま、独占に楔を打つって事に関して覇国とギルドは同じ方向を向いているから問題ない。おれがダンジョンの探索をしたいのも事実だしな。流石だシェリー」

「にゃー。その優秀さはライバルの匂いがするにゃ。ふー!」

 少し尻尾を膨らませているミケにシェリーはにこやかな表情を浮かべる。

「ミケさん。お褒め頂きありがとうございます」

「しゃー」

「ふふふふ」

 まだまだじゃれ合っていたそうな二人だったがケインは依頼表を受け取って立ち上がる。

「状況は把握した。あとはダンジョンに行ってからだな。領主館で何が待っているかは行ってからのお楽しみだな」

 ギルドの入り口まで出てきてくれてシェリーが頭を下げる。

「ケインさん、どうかご無事で」



 王都をミケを連れて商会地区へと移動する。晴れてはいるが今日はやや肌寒い。

「ミケ。必要なものを買い足したいと思うけど?」

「にゃ。ララとカールがこれないと聞いたのでポーションや回復薬は持ってきたにゃ。帰還石もにゃ。このへんは十分にゃ。閃光玉とか煙幕玉はどうするにゃ?」

「新しいダンジョンだ。何が起こるかわからないから買うことにしよう。それと食料の干し肉かな?」

「にゃ」

 ハンター御用達の店で必要なものを購入し、店を出ると日は結構高く昇っていた。

「ミケ。この後、王城に行く予定があるけどその前に飯に行かないか?」

「にゃ。行くのにゃー」

「何が食べたい?」

「肉にゃ。昨日のイトーカの影響で当分魚はいらないにゃ」

「だったら…!」

 歩きを進めていたとき二人は視線を感じた。気付かぬ振りをしてケインとミケは商会地区の路地を高級住宅街を目指して歩く。視線が外れることはない。どうやら尾行されているらしい。

「ミケ。覇山亭で飯にしよう。あそこは美味いぞ」

「賛成にゃ」

 ケインの意図を理解したミケは賛同する。



 ここは高級住宅街に近い商会地区の一角。俗に言う一等地に立つ落ち着いた建物。

 白い石壁には優雅な彫刻が施されており、窓にはバルコニーが設置され鉄製のモチーフには複雑なデザインが目を引く。一階は食堂兼酒場のようになっているが客は落ち着いて食事を楽しむ人々ばかりである。

 客が身に着けているものを見ると高級な店と言うことになるだろう。受付がある空間も優雅な造りがされておりカウンターの奥には一本の宝剣が飾られている。


 王都において知る人ぞ知る高級宿である覇山亭。その主であるサンダースは受付に現れた人物を見て自ら応対する。

「ケイン様。ようこそいらっしゃいました」


 サンダースはかつて戦争において一兵卒として参戦し、その当時に部隊長だった覇王の後を追っていたとされる。

 極貧の農村に生まれ口減らしのために追放された幼いサンダースは王都にかつてあった劣悪な救貧院に育ち、その人生から抜け出すために戦争に参加した。彼が覇王の後ろを追ったのは、覇王が斃した相手の装備を奪うためである。現覇王のゲイルは戦争の折、皇太子ながら部隊長として最前線で戦った。当然、皇太子であることは敵側に知られることとなる。


 そのため、多くの名のある相手から命を狙われることになったのだが、ゲイルはそれを悉く打ち破ったのだった。そこに人生の光明を見つけ出したサンダース。彼は集めた名のある敵の装備を売ることで財を成すことを夢見て戦場を駆け抜けてた。


 そんな中、彼は偶然にも当時の部隊長ゲイルの命を助ける。

 思いがけず邂逅した部隊長と一兵卒。彼の夢とそれにかける執念を知ったゲイルは命を助けてくれた礼として持っていた宝剣を彼に与えたとされる。その際、一兵卒だったサンダースは後の覇王となる部隊長ゲイルに人生を賭けてこのように願い出た。

「私はこの宝剣を売りません。この宝剣を守り神として私はこの戦争を生き抜きます。私には夢がある。きっと王都に店を出します。あなたも王になっているでしょう。この宝剣を売ることなく私が王都に店を出せたのならば…。その時はゲイル様。私の顧客になってください」

 当時、ゲイルもサンダースも戦争に生き残れる保障はどこにもなかった。それでもサンダースの思いを受けたゲイルは快諾したとされる。戦後の王都でカウンター内に宝剣を飾った高級宿『覇山亭』がオープンしたその日一人の壮年の男性が受付に現れたと伝わっている。

 人生を賭けて成り上がった男の物語。宿の名前は伏せられているが王都における戦争中の戯曲の一つとなり、特に平民の層に高い人気を誇っている。


「サンダース。迷惑をかけてすまないが二部屋で一泊させてほしい。明日の朝まで食事もつけてくれ。それと頼みたいことがある」

 心得ているサンダースは何事もなかったように対応する。

「畏まりました。記帳をお願いしたいのでこちらへどうぞ」

 本来カウンターでも記帳はできるのだがサンダースは奥の個室へ二人を促した。個室には当然のように音声遮断の魔術が施されていた。

「突然ですまない。今受けているクエスト関連で尾行されたようだ。おれが皇太子ということは知られたくないし、できれば斃すのではなく捕まえたいのだ。このまま引き連れて明日王都を出ようと思う。あなたに迷惑をかけてしまうかもしれなかったが信頼できるのがここだった」

 そう頭を下げるケイン。

「問題ありません殿下。この宿は王族の皆様のために常に数室確保してございます。覇王様とのお約束ですからね。それに迷惑などとんでもございません。私もあの戦場を生き抜いた者です。ハンターに引けを取るものではございません」

 優雅に答えるサンダース。そこは覇王から『この宿を覇王城以外の拠点としたい』との依頼を受けた程の者である。誇りが垣間見えた。

「助かった。それと手紙を書きたい。伝言鳥は使えるかな?」

「もちろんでございます。王城から賜ったものをご使用下さい」

 そう答えたサンダースは魔道具、紙とペンを持ってきてくれた。

「ミケ。予定は変更だ先に手紙を書く。ミケも今日帰れなくなったことを家族に伝えてくれ」

「了解にゃ」

 ケインはシェリーとの話で判明した領主の状態と尾行されたので覇王城に戻ることなく覇山亭に泊まってダンジョンに向かうという内容を手紙にし、ララとカールには何が起きるか分からないので注意するように伝えておいた。


「さて食事にしようか?」

 手紙を書き終わったミケも嬉しそうに頷く。

「にゃ。肉!肉!」

 覇山亭の一階に造られた食堂で二人はレッドボアーと呼ばれる猪の魔物を使ったソテーを注文した。見事な桃色に火を通したレッドボアーの大きな切り身にニンニク、グリーンビーンズ、ボアーをハムにしたものをオリブオイルで炒めたオイルベースのソースをかけた料理だ。

「旨いにゃー。尾行もされてみるものなのにゃー」

 美味しい肉を食べれてミケは幸せそうだ。尻尾が左右に揺れている。

「今日の外出は止めておこう」

「にゃ」

 サンダースから最上階にある4部屋の中から2部屋を割り当ててもらったケインとミケ。部屋の作りも家具も見事なものだ。

 寛いでいると覇王城からの伝言鳥が帰ってくる。

『全部承知した』

 との返信に満足するケイン。ミケもまた家族からの返信を受けたようだ。当初の予定と狂ったがこれもまたクエストであった。


 夕食の時刻となり二人は食堂に下りる。ミケが肉料理を所望したのでロングホーンシープの煮込みを注文した。ロングホーンシープは覇国で一般的に食べられる羊の魔物で味がよい。この脛肉をホワイトビーンズと共に煮込んだ料理で脛肉の脂と旨みが融け出した味が癖になる。葡萄酒との相性は最高だ。

「流石に尾行されるようなクエストとは思わなかったんだけどな」

「にゃ。ハンターとはこういうものにゃ。でも明日から周囲に気をつけて移動するにゃ」

「頼む。葡萄酒をもう一杯飲むか?」

「にゃん!」

 楽しく飲み食いするケインとミケ。食べ終わっての別れ際、

「また明日にゃ!」

 そう言って抱きついてくるミケ。しばしケインの腕の中を楽しんだミケはさっと離れて部屋に戻る。

「お休みにゃ!」

「ああ。お休み」

 ケインがミケに昨日の話をするのはもう少し後になるのだろう。

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