第12話 小料理屋にて
満足したケインはここに来たもう一つの理由に関してマスターに声を掛ける。
「マスター。頼みがある」
アイテムボックスから今日取ってきた500個程の指先大の宝石と魔石、屋敷から持ってきた龍の牙を取り出す。
「こいつらを原料にダガーを作成してほしい。金はこの中の宝石で代えれると思うが足りなければ追加で払う」
マスターは一瞬刺すような鋭い視線をケインに送った後に呆れたような表情をする。
「こんな小さな料理屋の店主相手にお前は何を言ってるんだ?」
しかしケインはその視線に怯むことなく続ける。
「宝石を触媒とした龍の牙と魔石の融合によるダガーの作成。これは信頼できるものにしか任せられない」
うるさそうにマスターは答える。
「だからおれは小料理屋の親父だ!」
「今は小料理屋の親父だけど以前は…」
「分かった。もういい」
マスターはケインの言葉を遮り、諦めたように出された品を受け取る。
「お前のことはよく知っている。どうしても必要だからこんなことをするのだろう。
しかし皇太子がモグリの魔工師を見逃すとは…おれは知らないぞ」
魔力を用いて様々なものを創造する者のことをこの世界では魔工師と呼んでいる。ハンターが活躍するような人が魔物に脅かされているこの世界では創造されるものは危険なものが多かった。
魔工師は特殊な魔力の使用法を求められるため人数は数えるほどしかいない。それでも創られたものが悪用された場合被害が甚大になることが多いため覇国ではそれらを創れる魔工師は魔工師ギルドに登録されるルールがあった。全然適用されていない好例が目の前にいるがケインは気にも留めない。
「おれは何も見ていない」
「わかった。他に注文は?」
ケインは予てよりの内容を伝える。
「ミケが使うことを前提にしている。彼女の攻撃力を余すところなく発揮できることが最低条件だ」
マスターの目に尋常ではない光が宿ったように感じた。
「そうか。あの猫の嬢ちゃんのためか。面白い。最低条件は承知した。それ以外の内容はこちらに任せてもらおう」
ケインは同意を示した。マスターは別人のように龍の牙と魔石を眺めている。
「ウインドウルフの魔石か。さてどうしようか。キャリー。久しぶりに力を貸してもらうぞ」
声を掛けられたキャリーは優雅に一礼する。
「畏まりました」
そういってキャリーは品物をバックヤードに運ぶ。
「酒はどうする?」
マスターはもとの表情に戻っていた。ケインは酒を追加して肴に出された漬物と共に飲み続ける。
そのとき扉が開いた。
「お、ケインじゃないか。久しぶり。今日は美人の猫ちゃんは連れてないのか?」
「真実を追う金髪の美人さんもいねえとは。振られたか?」
「一人酒?そうかキャリーに目をつけたか。流石だ、ケイン。英雄色を好むとは正にこのこと!」
唐突に酷い会話に巻き込まれる。
「あんたらのようにもてない人生は送ってはいないさ」
この店の常連だ。無害で気のいい元ハンターの連中で、ケインが皇太子と当然知っているが少しも態度を変えない者達である。
彼らの取りとめもない酒の会話の中に王都の真実が見え隠れすることを知っているケインは彼らとの付き合いもまた重要なのだと考えている。それに彼らと飲む酒も楽しい。だが時々ちょっとだけ切り殺してもいいかなと思うがこの店に長剣を持ってこないケインにはできなかった。あってもやらないが…きっと…。
マスターが旨い料理を作り、旨い酒を注ぐキャリーは常連のちょっかいを軽やかにあしらう。またいつもの楽しい光景が繰り広げられる。
ケインは王族としてこの楽しい光景を守るためには何を為すべきか思いを巡らせるのだった。小さな店の喧騒が王都の闇に溶け込むように夜は更けて行くのだった。
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