第8話 覇王城にて

 外の日差しはまだ明るいが、ケインは暗い通路を足早に進んでいた。

 ここは城につながる地下通路。王族のみが知っている緊急の脱出通路というやつだ。この国の最高機密を出入り口に使っているケインである。


 白亜の城は今日も荘厳で美しかったが今それどころではない。

 全力で気配を断ち、音もなく空気のように通路を出てから中庭を抜け無事に城内に入ることができた。


 厨房を目指して廊下を同じく気配を断ったまま高速で移動する。ここは急がねばならない。彼女に見つかったら…

 その瞬間!光り輝く鎖が床、壁、天井から無数に出現した。まるで生き物のように一気にケインを捕獲する。

「まずい。ぎゃん!」

 鎖が全身を拘束して床に顔から叩きつけられる。さらに、

「ぐふ!」

 強力な魔力を帯びた金色の鎖に強制されて起き上がり壁に背中から叩きつけられた。そのまま磔にされる。

 廊下の奥からよく通る声が響いた。

「私に気づかれずに済むと思っているのですか!!」

 黄金色の長髪をなびかせ、そのしなやかな肢体に宮廷魔術師然としたローブを纏った若い女が叫ぶ。

 本来ならその声は優しさがあり耳に心地よく、性格は温厚で、容姿は美しい極めて魅力的な女性であるはずなのだが、今はまずい。かなり怒っている。

「や、やあ。ララ久しぶり」

 壁に磔にされつつ、精一杯の笑顔を作るケイン。

「ほーう。まだ余裕がありそうですね。言い残すことはございます?これから極大魔法であなたを肉塊にして差し上げようとしているのですが…

 そうですね、最初はやはり男性の象徴から切り落とすのが…」

「待て。まーって。ララ。お願い話を聞いて!聞いてください!というかこの魔法『聖なる鎖』だよな?

 伝説の光魔法を使ってこんなことして大丈夫なのか?それにこの鎖の数!相変わらず見事な腕だな?」


「その減らず口もここまでですわ。それでは極大魔法を…」

 伝説の光魔法を発現しながら極大魔法の術式を展開しようとする女魔術師。

 明らかに人外の所業であり不可能なはずなのだが右手には禍々しいほどの魔力が集まっていく。マジでやばい。

 自分はともかく、ここで極大魔法を展開されてら城が落ちるどころか王城周辺の貴族の館、果てはその外側の民家まで吹っ飛びかねない。

「ララ、待て。このままでは城どころか外部にも被害が出る!」

「大丈夫そこは調節できますわ。私も天才ですから!」

「できるんかい!っていうか言い残すことを言う時間は頂けないのでしょうか?」


 まだ余裕があるケインもさすがにどうにかしようと思った瞬間、室内であるはずの廊下に強烈な風が吹き抜けた。その瞬間ララと呼ばれた魔術師の鎖が砕け散る。

 右手に集まっていた膨大な魔力も消滅している。魔力を帯びた鎖のせいで光り輝いていた城内の廊下はいつもの状態に戻っている。

「そこまでです。ララさん」

 翡翠色の髪をなびかせた騎士がにこやかに廊下で佇んでいる。ケインとほぼ同じ1.8メルト程の身長。体格はケインよりやや華奢に見えるが、全身に纏う不思議な魔力は強力な存在感を放っていた。そして伝説の魔法『聖なる鎖』と放たれようとしていた極大魔法を建物や人に一切の危害を加えないで消滅させたことは彼もまた比類なき存在であることを示している。

「助かったよ。カール」

 ケインは安堵とともに声をかける。

「殿下が何かをしようという気配を感じましたからね。城が壊れるよりも私の方で対応するのがよかろうと思い出しゃばりました」

 にこりと笑って頭を下げる。

 覇国所属の騎士カール=ヴァイス。覇王直属の騎士シリウス=ヴァイスの長男にして後継者。現在はケイン付きの騎士という立場である。

 ケインにとって幼少のころから共に勉学、剣術に励み常に切磋琢磨してきた無二の親友にして絶対の信頼を置く腹心の部下であった。

 ケイン自身が自由な行動を好むため、実直なカールはその補佐として優秀であった。

「殿下、さすがに政務をララさんに丸投げしてクエストに出るのは如何なものかと思いますよ」

 にこにこしながらではあるが、正論で詰め寄る腹心。


「すまん。どうしても行きたいダンジョンがあったんだ。ララも話を聞いてくれ」

 親友に潔く謝り、改めてララに向き合う皇太子。ララも多少は暴れてすっきりしたらしい。

「まあ、いいでしょう。カールに怒気と魔力を消されましたし。それでケイン。どちらにいらっしゃったのですか?」

 いつもの穏やかな表情にもどったララこと宮廷魔術師のララ=シーカー。美しく愛くるしい容姿をした若い女性であるが誰もが認める天才的な魔術師でもある。

 孤児院で育てられたララは幼い時分にその類稀なる才能を当時の宮廷魔術師長に認められ城に引き取られた。

 城では皇太子であるケインと共に育ち、学友としてそしてその聡明さから将来の信頼できる腹心として、恐らくはそれ以上の存在として、現在は皇太子の側近くで仕えている。

 貴族ではないララは本来苗字を持ってはいないが、その能力から真実を探す者シーカーの二つ名で呼ばれるようになり

 伝説の光魔法を現代に蘇らせた功績に現在の覇王がシーカーの名を名乗らせることを許したのだった。

 また最近は国政にも携わっており将来は宰相かそれに近い立場で国を支えるだろう逸材と言われる才女である。

 そしてハンターズギルドのシェリーと並ぶ王都における理想の女性とされていた…

 シェリーを追っていない残りの貴族や有力者の跡継ぎたちは彼女を追いかけているという専らの評判である。


 そんなララにケインは事情を説明する。イトーカの解禁日のこと。さすがに魚の解禁日が理由では政務は休めないので今回の事態となったこと。

 獲ってきたイトーカを5匹渡すから厨房に来てほしいことなどなど。

「ふーん。イトーカ5匹ですか…それは魅力的な提案ですわ」


 もう怒ってはいないらしい。春のイトーカはララの大好物だ。

「それにしても黄昏の迷宮の第2層ってオオカミの巣ですよね。ソロで行って魚って釣れるのですか?」

 ケインは目を逸らす。

「え?もしかしてパーティで行ったのですか?どなたです?」

 ララの追及は躱せそうもない。

「ミケと行ってきたんだ。ほら、二人は忙しそうだったし…」

 ハンターであるケインは基本的にはパーティを組んで行動している。

 ミケが斥候、ケインが前衛、カールが中衛、ララが後衛を基本とした構成である。

 ミケも実家の仕事があり、ミケ以外も政務に携わっているため他のハンターよりクエストを受領する回数は少ない。

 そのためランクは未だB級であるがダンジョン探索等では高い実績を誇っていた。

 このメンバーでは至極当然の結果であるが…

「ミケさん。あのドロボウ猫め。分かりました。後日、きっちりと話を付けておきますわ」

「どうしてそうなる?それに二人が喧嘩したら王都が壊滅するぞ?今日崩壊を逃れた王都がまた危機に瀕してしまう!」

 次々と強力な魔術を放つ魔術師とそれを躱しながら一撃を打ち込もうとする凄まじい戦闘能力を持つ斥候という図式、

 周囲の阿鼻叫喚を思い浮かべてケインが狼狽する。

「誰のせいですか!!」

「…カール助けて…」

「私では役不足ですね。覇王様か父にお願いしますか?」

「その二人が面白がって双方共にどちらかの助太刀をしたらこの国は終わりだな」

「はい」

 腹心に躱され遠い目をするケイン。

「わかりました。別の方法で手を打ちますわ。ケイン。あなたのイトーカの取り分は?」

「5匹だけど?」

「では3匹下さい。それで今回の件全て水に流しますね」

 不意を突かれたケイン。さすがに困る。

「ララ?ララさん?それは殺生な。おれもイトーカを食べたいです。せめてせめて2匹にして頂けないでしょうか?」

 懇願はしてみたが明らかに分が悪いケインは条件を呑むことにした。

「ふふん。ありがとうございます。イトーカが8匹。これは嬉しいですわ」

「これで全て水に流すってことでいいかな?」

「はい!ありがとうございました」

 にこにこ顔だ。こういう愛くるしい笑顔を見せる彼女は本当に魅力的である。

「では厨房に行こうか。カール。お前の分もあるから一緒に来てくれ」

「ありがとうございます。殿下」

 カールの声も弾んでいた。彼にとっても春のイトーカは大好物であった。


 厨房に移動しアイテムボックスからイトーカを取り出す。

 国宝のアイテムボックスをみたララが頭を抱え、水に流すと言った割に先程とほほ同じやり取りがあったがそれはまあいいだろう。

 残り63匹からララの分の8匹、カールとその両親、彼の許嫁に2匹ずつで8匹。ララもカールも笑顔である。

 次々と出てくるイトーカに厨房の面々は唖然としている。

 屋敷の者たちへの10匹と自分のための2匹を除いた残りの35匹を調理台に並べるケイン。

「料理長!父上と母上への料理を頼む。父上にはあの料理がいいんじゃないかな?」

 あまりの光景と発言に料理長は少しだけ固まっていた。


 料理長は50代半ばだったはずだ。かつての戦争の際、兵士兼料理人として参加した経歴を持っている。

 彼はとある夏の戦線で覇国の兵が敗走した際、殿を務めた当時部隊長だった現覇王と共に本隊と逸れてしまうことがあった。

 たった二人で野営をした際に作った料理『川魚の赤葡萄酒煮込み』は当時の覇王をいたく感動させたと伝わっている。

 疲弊していた覇王はこの料理で生気を取り戻し、苦難を乗り越え無事に帰還したと伝わっている。

 かの戦争を題材にした戯曲は数多いが殿を引き受けた現国王と料理人との野営のエピソードは安定した人気を誇っていた。

 料理長はその時から覇王の部隊に所属し、ずっと覇王の側に仕え共に戦場を駆け抜けてきた。戦争後も請われて城に残り現在に至っている。

 今でも覇王の腹心であり、国王の口に入るものに責任を持つことから最も信頼されている者の一人であり彼もまた英雄であった。

 現在『川魚の赤葡萄酒煮込み』はその夏のエピソードから王都の夏の定番料理の1つとなっている。

 ちなみに下処理の際に川魚を香味野菜と共によく炒めておくことが生臭さを出さない秘訣らしい。


「川魚の赤葡萄酒煮込みですね。承りました」

 イトーカで作るとは何とも贅沢だ。

「それと残りで城の皆にスープでも振舞ってくれ」

「殿下。よろしいのですか?30匹以上ありますが?」

 料理長は当然イトーカの価値とケインが獲ってきたイトーカの品質を把握している。

「もちろん。旬の味だ。皆で楽しもうじゃないか?」

 厨房の全員が頭を下げた。なんでもないよと手を振るケイン。

 今日の夕食に料理長特製のイトーカのスープが出る。このニュースが城内を駆け巡る。

 皆が笑顔で残りの仕事に精を出す。よく見られるいつもの光景だった。

 この覇国の王都にそびえ立つ『覇王城』。名前は厳しいが平和が続いている現在では穏やかな空気が流れていた。


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