第9話 覇王と皇太子
厨房を後にしたケインはララとカールを伴い覇王に会うため執務室に向かう。
「全員でクエストに参加するのですか?」
ララが問いかける。
「父上の前で説明するが新しいダンジョン探索の依頼を受けたんだ。折角だし皆で参加したい。許しが得られるといいのだが…」
「ほう。いいですね」
とカール。
「それは面白そうですわ」
愛くるしい笑顔を浮かべるララ。姿は文官のように見えるが冒険好きである。
そんな話をしながら執務室に到着する。衛兵に目で挨拶をかわしドアをノックする。
「父上。ケインです」
「入るがよい」
厳かな声が聞こえてきた。
ドアを開ける。
執務室の壁や天井にはかつての時代に造られた豪華な造りが施されており荘厳な雰囲気を漂わせている。
南向きの窓からは緩やかに西日が差し込んでいる。執務室の大きな机で2人の男達が書類に向かっている。
机の中央に座る偉丈夫の男。黒髪の総髪は60代とは思えぬ若々しさを湛えている。
一見、温厚な眼をしているように見えるだろうが、かつて彼に殺意を向けられその眼に相対したものはその恐怖を決して忘れないだろう。
ケインの父にしてこの覇国の国王、通称覇王と呼ばれるゲイル=ハーヴィその人が座っていた。
「ケイン。イトーカは釣れたのか?」
唐突な質問に驚き、頭を下げる。
「もうお耳に入ってましたか。お騒がせしております」
「年を取るといろいろ聞こえてくるものなのだよ。ララとのじゃれ合いも程々にな。それとララに感謝するのだぞ」
「は」
返事を返すのがやっとのケイン。ララは真っ赤になっていた。
「ここまで来たということは何か話があるのだろうが、ちょうど我々からもお前に話があるのだ」
ケインは先に父王の話を聞くことにした。ララとカールが下がった方がよいか尋ねるがその必要はないと言う。
「実は他国となる領の住民より陳情が上がったのだ」
「他国とは珍しい」
「うむ。南にあるファーブル領からの直接の陳情であった」
この覇国では政務館と呼ばれる建物において、投書による陳情と事務官に直接内訴えることのできる陳情の2種類が認められていた。
ファーブル領と聞いてケインはほんの少し目を細めたがそのまま父王の話を聞く。
「して、内容は?」
「住民が失踪しておるということだった。失踪した祖母の孫という者が代表して覇国まで来たとのことだ。
最初は調査の依頼を領主に陳情したが病気のため急ぎの対応はできないと断られたと言っておったようだの。
ギルドにも掛け合ったようだがハンターに依頼するための費用を彼らは持っておらず奉仕クエストにもできなかったらしい。
そういう経緯で王都に陳情に上がったということのようだ」
「住民が失踪とは物騒な。しかしなぜハンターズギルドが奉仕クエストとしなかったのですか?」
「対応したのは王都の支部ではないようだが失踪の経緯が不明であり何かの事件に巻き込まれたかモンスターに殺されたのか判別ができないため奉仕依頼の条件を満たさないとのことだったかな」
ケインは顔をしかめた。どの街かは知らないがこの対応はあまりいいものとは言えない。恐らく事務的な対応をした結果だろう。ただ聞く限りにはそうなっても仕方がないがとケインも思う。
シェリーのような有能な受付は決して多くない。彼女であればうまく奉仕依頼としての体裁を整えることが出来ただろう。覇王は話を続けた。
「そこで覇国としての対応だがは他国領の話故、調査するにしても時間がかかるが検討しようという無難な回答をしたのだ」
「なるほど。ここで私にこの話をするということは何らかの対応をとる方針が決まったということですか」
「うむ。お主の意見も聞きたくてな。コール説明を」
コールと言われて覇王の右手に座っていた男が口を開く。
禿げ上がった頭に愛嬌のある表情をしてはいるが、ケインはこの男が決して侮ってはいけない存在であることをよく知っている。
コール=ゴード、この国の宰相である。彼は文官の出身であり内政、外交共に優れた手腕を発揮する極めて有能な官僚であった。
覇国は基本的に戦士の国であり、国王である覇王を含め騎士団の武勲は広く知られている。
そのため政治でも武官出身者の発言が大きくなりがちであったのだが現覇王のゲイルは文官出身のコールを重用した。
この登用とその後の国内の発展から、戦後の覇王が下した最も大きな決断はコールを宰相に据えたことだとまで言われる逸材である。
「殿下。私から今回の陳情に関する対応について述べさせて頂きます。まず結論としてファーブル領の街ガラムにララ=シーカーとカール=ヴァイス両名を調査員として派遣します」
「この二人を?それほど大きな事態と今回の陳情を捉えているのか?」
「はい。覇国としては今後のファーブル領との関係には力を入れたいと考えます。
ファーブル領が近年不作に見舞われているとの連絡は私も受けています。しかし、肥沃な土地を持つ一大穀倉地帯であることは事実。
これまでもある程度の交易実績はありますが、今回のことを契機により友好的な関係を築きたいと考えます」
「つまり秘密裏に調査して原因が特定できれば失踪事件の解決を領主の手柄とするように動き、それをきっかけに友好条約の締結に乗り出すってところか?」
「その通りです」
しかしそんな甘い考えのみではないことをケインは知っている。
「最悪、この失踪に領主が関わっている場合はそれを特定し、糾弾することで、こちらの意図する人物を領主に据える、もしくは領そのものを覇国のものとするか…
こちらの方がこの国には都合がよいか?」
「お察しの通りです」
「さすがにララやカールなら領主の無法を捏造するようなことはしない。そのための信頼できる者の派遣ということか」
我が意を得たりといった表情で同意を示すコール。
「陰謀を用いて失脚させても事件が最終的に解決できなければ住民の心が付いてきません。
これらのことをなすためには事件の正しい原因を特定することが絶対条件です。そのために最高の人選をしました。
ちなみに殿下の場合は以前のお披露目を見たものから身分がばれるかもしれません。今回は除外しています。
友好条約を締結するのか、覇国の傘下とするのかは原因特定後の話ですし、どちらでも構わないのが私の正直な気持ちです」
この辺りが本音なのか計算されつくしたものなのかコールの真意がいま一つ掴めないケインであった。
しかし対応策としては問題ないことも事実であるので話を進める。
「承知した。おれからは特に意見はないがララとカールの出発の時期は?」
「急な話で申し訳ないのですが、二日後を予定しています」
「わかった。問題ない」
そこで覇王が口を開く。
「ケイン。お主の話というのは?」
そこでケインはギルドで受けた奉仕依頼について語った。
「当初はララ、カールを同行させたいと考えておりましたが失踪事件の調査に二人が向かうということに私も同意します。
ダンジョン探索は私とミケランジェロで行います。
ただ
これらが一つの領でほぼ同時に発生する確率はかなり低いかと」
「ファーブル領で何かが起こっているかもしれないと言うのか?」
覇王の言葉にケインは同意を示す。コールは思案顔だが口は挟まないようだ。
「もちろん現時点で何も確証はありません。ですが領主が病気であることについて受付のシェリーの説明は少し引っかかるところがありました。
依頼者を前にした会話であったための対応と思われます。明日再度ギルドを訪ねて詳細を確認し報告します」
「うむ。何もなければよいのだがな。しかしファーブル領のダンジョンの話は聞いていたが
今回の友好条約を求める策と併せて吸魔草の取り扱いについても上手くまとめられるとよいのだが…。先ずは探索の方を頼むぞケイン」
「お任せください」
そう言った後、ケインがララとカールに向き直る。
「ララ、カール、ダンジョン探索はまた次回としよう。
先行してファーブル領ガラムに入り情報収集を頼む。明日の午後に城で落ち合おう。シェリーの持つ情報も気になる」
普段のハンターの姿とは異なる王族の威厳を持って指示を飛ばすケイン。
「「仰せのままに」」
臣下の礼を取りララとカールは頭を下げた。
「ケインよ。もう一つ私からお主へ話がある」
覇王は人払いをする。コール、ララ、カールが下がった後、
「父上、お話とは?」
問いかけるケインを手で制したそのとき執務室のドアが開いた。
「ケイン、お仕事の話は終わりましたか?」
「母上!」
美しく年齢を重ねた女性が優雅な佇まいでこちらに目を向ける。
ケインの母にして覇王の妻ローデシア=ハーヴィである。
かつて闇夜に輝く白い薔薇と謳われた美貌に衰えは見られない。
かつて戦争の折、東の戦場で現覇王の夫と一戦交えた後、紆余曲折の末、人生の伴侶となった話は覇国の民の語り草であり
かの戦争を戯曲化した作品の中でも屈指の名エピソードとして知られている。
「お二人して何事ですか?父上、政務は?」
「今日はこれで終了とする。それよりもケイン、我らから話がある」
改まって言われケインは緊張する。話というのは一体何か。
「ケイン、お主ララのことをどう思っておる?」
「はい?」
思わず声を上げるケイン。覇王は気にも留めずに話を続ける。
「これまでも周辺の貴族や有力商人から水面下で息子の結婚相手にという話が集まってきておった。なぜ水面下なのかと言えばお主の存在があるからだ。
お主がララと幼少期から共に過ごしハンターとしてパーティまで組んでおることはかの連中は把握済みのことだからの。お主の正妻となるだろうと周囲は思っておったわけだ」
ララは美貌の天才魔術師、そして今後この国を支える中心人物となる者の一人だ。息子がいる貴族や大商人であれば結婚させたくなるのは当然と言えた。
「しかしお主がその宣言をしとらんがためにここにきて事態が拗れ始めた。
ララを我が物にするための暗闘の様相を呈してきておる。こんなことで貴族間や商人まで巻き込んだ暗闘なんぞ御免なのだ。
儂の愛人などという噂まで出てきおったわ。もう抑えが効かなくなってきておるのだ。お主がララを正室に迎えると宣言すれば万事丸く収まる」
ララに人気があることは無論ケインも知っていた。しかしまさかそんなことになっているとは。
「え、ええと…」
何と答えていいか分からないケインが口ごもるとローデシアが追い打ちをかける。
「他に好みの女性でもいるのでしょうか?あの可愛い猫のお嬢ちゃんですか?あの子は素敵な子でしたからね」
覇王が会話を引き継ぐ。ニヤニヤしているように見える。
「ほう。ミケランジェロか。あの娘は非常に優秀なハンターであり、賢く女性らしい聡明なところもある。あの娘を選ぶとは我が息子ながらやるなと思わせるが、
獣人の娘を正妻に迎えるとその後の貴族との付き合いが厄介だぞ。我々家族に獣人への差別はなど微塵もないがあの者たちは質が悪いからな。
ミケランジェロには側室として屋敷でのんびりと過ごしてもらうのが得策とおもうがな」
いつになく饒舌な父王にうんざりしたような視線を投げかけるケイン。
「父上、私はまだ何も言ってませんが?」
「お主、もう18であろう。正室を決めるのは王族の務めと理解しておろうが?」
「もちろん。考えていない訳ではありません。こんな話したことがなかったですね。きちんとお話しします」
自分の正妻、側室について思うところを話すケイン。その内容に両親は納得してくれたようだ。
「分かった息子よ。お主がそのように考えているのなら父はそれでよい」
「母も満足です。よくぞ立派になりました。嬉しく思います」
ただし、と付け加える現覇王。
「お主は長い付き合いだから忘れがちかもしれぬが、ララもミケランジェロも世の男達からすれば絶世の傾城と言って過言ではない。
また水際立った容姿に加えて性格も申し分がない。あれほどの女たちが長々と独り身でいられるようなことはないと肝に銘じて置け。
これは王ではなく父からの男としての助言だ」
母であるローデシアも柔らかな笑みを浮かべて頷いている。
「ご忠告痛み入ります。では父上、母上、私はこれで失礼します。本日は屋敷に帰りますので」
そう言って執務室を後にするケイン。閉めたドアの中から先ほどのやり取りについて楽しそうに話す夫婦の会話が聞こえてくるようだった。
「お話はいかがでした?」
微笑むララが廊下に佇んでいた。
「母上からどんな話をするか聞いてたな?」
孤児だったララは現在この城に暮らしている。
幼くして城に引き取られたララにとってここまで育ててくれたローデシア=ハーヴィは真の母親と代わりない存在であった。
その問いには答えず柔らかな笑顔のままララはケインの腕にしなだれかかる。花の香りがするようだ。沈みかけた夕日が差し込む誰もいない廊下を二人で歩く。
先程、両親に話した自分の考えを多少恥ずかしがりながらも伝えるケイン。
「ふふ。ありがとうございます。私は幸せ者です。そしてミケさんもきっと喜んで頂けると思いますわ」
「だといいのだが。ミケには今回の一件が終った後におれから話すよ」
ふわっとした笑顔が愛おしいがケインは続ける。
「そして今日は屋敷にもどる。イトーカをアル達に渡したいし、クエストへの準備が必要だ」
そこはララも心得ている。
「ではまた明日。ここでお会いしましょう」
そうして互いの唇に柔らかい感触を残しつつ殆ど落ちかけの春の夕日に照らされていた長い一つの影は二つに別れた。
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