第6話 何してるんですか?

 冷蔵用倉庫の解体台の上にケインはアイテムボックスからイトーカを20匹だして並べた。イトーカの鑑定は解体の確度と鮮度の評価が難しく専門の資格を持ったギルド職員が行うことになっている。鑑定専門の職員に資格を持った者がいるのだが、シェリーもその資格を持っていた。

 彼女が優秀と言われる所以のひとつである。

「本当に20匹。すごいですね。ふむふむ。これは…見事な解体ですね。鮮度は…素晴らしいです。どのようにして解体を?」

「ミケの手際さ。素早く解体してこのアイテムボックスに放り込む。素晴らしい手並みだったよ」

「にゃ。ミケは偉いにゃ!」

「そのことに異論はないよ」

 ミケの頭をなでるケイン。ミケは嬉しそうだ。しっぽがピンと伸びている。

「にゃにゃにゃにゃ」

 シェリーはケインが持っているアイテムボックスに目が行った。あまり見ない形のものだ。胸騒ぎがした。問いかけてみる。

「ケインさん。そのアイテムボックスは?」

「ああ。時間経過無効の効果が付与されているやつがあったから助かった」

「!!$$!%!%!#%#!R!++$!$」

 シェリーから変な音が出た。シェリーはハンターズギルドが誇る優秀な受付だ。ケインの言っていることがとんでもないことだとすぐに理解する。

「ケ、ケインさんそれって国宝として王家が保管している伝説のアイテムボックスですよね?」

「ああ。さすがに便利だ」

 その瞬間シェリーはケインの襟首をひっつかみ激しく前後に揺らす。ミケが反応できないくらいの電光石火の早業であった。

「なにをしてるんですか。発覚したら私たちみんなまとめて国家反逆罪じゃないですか!!」

「まってシェリー。死ぬ。死んじゃう。助けて。ミケ!」

「にゃー。自業自得にゃ」

「そ、そんなー」

 さんっざん揺らしてから我に返るシェリー。肩で息をしている。

「シェリー。大丈夫だよ。宝物庫の管理責任者はララだから許してくれるって」

 そんなことを言い出すケイン。

「ん?そういえば今日はララさんがいませんね。政務ですか?というかケインさんの政務は?お休みですか?」

「ふっ」

 薄ら笑いを浮かべながら目を逸らすケイン。何度も言うがシェリーは優秀だ。そしてケインとは長い付き合いである。

「まさか担当する政務をララさんに丸投げしてイトーカ釣りに行ったんですか?」

「はははは」

 乾いた笑いが聞こえてきた。

「そしてお城の宝物庫からあのアイテムバックを持ち出した?」

「はははは」

「あれ?管理責任者がララさんならかなり強力な封印がしてあるはずですよね?宝物庫なんだからそれこそ最高クラスの?その封印はどうしたんですか?」

 ケインの様子が変だ。さすがに悪いことをしたと思っているらしい。

「…ちゃった…」

「はい?」

「斬っちゃった。さくっと」

 シェリーは遠い目をする。

「ケインさん。何か言い残すことはないですか?ギルド職員としてせめて遺言は正しく保管させて頂きます。

 ええ大丈夫です。ギルドマスターとの連名で封印しますので。ご葬儀の際には喪服を着た私が公開させて頂きます」

「死ぬつもりはないんだけど」

「にゃ。きっと今晩お城が炎に包まれるくらいかにゃ」

「ミケさん!あんまり冗談になっていません。というか本当に炎上しそうで怖いです」

 ものすごく不穏なやり取りにリーネは付いていけなかった。何か聞いてはいけないことがたくさんありそうだ。そして聞こえてしまったような気がする。

「あのう、先輩?私全く話についていけないんですが。というか聞いていい話なんでしょうか?」

「リーネちゃんあとでゆっくり説明しますからね。ケインさん、私たちを巻き込まないで下さい。さっさと査定を終わらせましょう」

「だから大丈夫だって。ララにはイトーカ5本は渡すつもりだから。そうそうシェリーにもお世話になっているから1本どうぞ。

 リーネちゃんもちょっと遅れた就職祝いってことで1本。まだまだあるんだけど渡したい人も多くて…1本ずつで申し訳ない」

「!!!」

 アイテムボックスから無造作に出てくる2本のイトーカ。そしてさらにまだまだあると聞いてシェリーとリーネは息をのむ。

「…ケインさん、一体何匹のイトーカを捕獲したんですか?」

 ギルド職員らしくかろうじて事実確認の質問を絞り出すシェリー。

「ええっと、100匹?」

 やりすぎたと思っているらしく躊躇しながら正直に報告した。頭を抱えるシェリー。

「はー。もう驚くことはなく鑑定ができると思ったのに。さすがを通り越して何も言えないです」

 リーネは固まったままだ。

「はははは」

「本当にいいんですか。貴重なものなのに」

「もちろん。お礼とお祝いだからな」

 気に入ったギルドの職員にプレゼントを渡すハンターは結構いる。下心見え見えから誠実なものまで様々だ。職員たち受け取って構わないと指導されていた。その代わりに伴うトラブルは自己責任とされている。そしてケインはハンターであっても皇太子だ。ここで受け取らないは厳密には不敬にあたる。

 そのあたりをしっかり把握しているシェリーは

「では、頂きます。リーネちゃんもお礼を。貴重なものをありがとうございます」

 と受け取った。リーネも慌てて頭を下げる。

「さ、20匹の鑑定をたのむ」


 やっと話が戻った。

「畏まりました。そうですね。状態の良さと初物であること、そして季節クエストとしての1匹あたり5千ゴールドの報酬を追加して1匹5万ゴールドで引き取らせて頂きます。20匹で100万ゴールドとなりますがよろしいでしょうか」

「ああ。それで問題ない」

 最高クラスの値段と言えるだろう。これで100万ゴールド。夫婦に子供が2人いる家族の場合1か月かなりの贅沢をしながら暮らせる金額である。

 もし全てのイトーカを換金していたら500万ゴールド。魔法陣の使用料20万ゴールドを差し引いても480万ゴールド。

 これは一人なら一年間楽に暮らしていける金額であった。腕利き冒険者は命の危険の代わりに稼ぐのだ。

 しかしイトーカのみの捕獲報酬としては破格でありケインたちの実力が異常であることを物語っていた。

 後日、リーネがケインのこれまでの実績や昨年発見した黄昏の迷宮の第2層の詳細をシェリーから聞いて気絶しそうになったのはまた別の話である。

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