第5話 ケインというハンター
「今頃リーネちゃんは絶句しているんでしょうね」
冷蔵用倉庫へ案内中のシェリーはなんだか楽しそうだ。
「いや。別に隠しているわけじゃないからな」
「にゃー。それでも初めて知ったのなら驚くに決まっているにゃ。賢そうだったし王家のことは知っているのにゃ?」
「ええ、王立学院を優秀な成績で卒業していますからね。知っていて当然です」
「ということは卒業式で父上には会っているか。そんなに似ているわけでもないからなあ。悪いことしたかな」
楽しく話しながらもちょっとやりすぎたかとも思うケインである。
「いえいえ。リーネちゃんはケインを分かってくれますよ。期待の新人ですから」
「ならいいんだけど」
そんな話をしながら一行が冷蔵用倉庫の前に到着する。解体場も兼ねているとはいえかなりの大きさだ。ギルドが管理する物流量の多さが垣間見える。シェリーがドアを開けようとした時、ものすごい勢いで背後から人が近づいてきた。
「はー。はー。はー。ケ、ケイン様、い、いえ殿下!!」
止まるや平伏して地面に頭をこすりつける女性。リーネである。
「ま、まさか皇太子殿下とは露知らず。知らぬこととはいえ殿下を犯罪者扱いしたことお許しください。
不敬罪に問われること重々、それはもう重々承知しております。でずが、何卒、我が両親や妹への連座の刑だけはお許し頂きたくこの命であればさしあ…むぐむぐ」
「ストップストップ。リーネちゃん」
平伏中のリーネの背後から覆いかぶさるようにシェリーが口を塞ぐ。
「大丈夫。大丈夫よ。落ち着いて。別にケインさんは不敬とか考えていないわよ。ね?ケインさん?」
優しく背後からリーネを抱きかかえるように話すシェリー。
「当たり前だ。怒ることなんて何もない。リーネちゃんは普通の対応をしてたよ。問題ないさ」
「そもそも王家に不敬罪なんてあるのかにゃ?」
ミケはそんなことを問う。
「不敬罪という言葉はありませんが、王家を悪辣に非難し政情不安を煽るような行為は公共の良俗を犯すという名目で騎士に見つかると捕まりますね」
「でも陳情は普通に受け付けてるだろう?陳情の内容がめちゃめちゃだからって罰したりはしないはずだ」
「ええ。誰でも自由に意見が言えることが保証されています。覇王様の善政の象徴です」
「領民全員を満足させることは難しいけどな」
「にゃ」
ここ覇国における国王は代々覇王と呼ばれていた。当代の覇王はゲイル=ハーヴィ。
数十年前の3か国戦争の激烈な戦場を駆け抜け覇国を守り通した英雄として広く知られており、豪放磊落で気さくな人柄と絶大なる武勲により民からの人気が高い。
苛烈な武人の経歴が目立つ現覇王であるが、善政を敷き武力での侵略ではなく商業での発展を重視することで覇国は平和を維持しながら発展していた。
ケインは現覇王の一人息子であり覇王の後継者=皇太子であった。
覇王の後継者としての高い見識と確かな剣技を受け継いでいる皇子との評判で名は広く知れ渡っている。ただ容姿についてはお披露目の際に遥か遠くから眺める機会があったかもしれないが、この世界では絵画以外に伝える方法がなく、また美術館といった施設がないため、市井の人々が絵画を見る機会が殆どない。
リーネが気づかないのも全く無理からぬことであった。ふらふらとリーネが立ち上がる。目は涙で真っ赤だ。
「本当に何ともないよ。それに普通に接してくれたほうがおれはうれしい。ミケもシェリーも普通だろ?
さっきのフロアに居たハンター達だっておれのことを知っているけど気にしてなかったし」
にこやかに話すケイン。
「にゃー。それはいけ好かない若手って難癖をつけられた時、逆に叩きのめしたからだにゃ。そのあとは全員さっきのリーネと同じだったにゃ」
「あははは。あの時はおれも若かった」
乾いた笑いととも目を逸らすケイン。やはり悪い人ではないらしい。いい人のような気がする。
「リーネちゃん。いつも通りのあなたでいいんです。ケインさんって呼べますか?りぴーとあふたーみー?」
「ケインさん」
「よくできました」
「先輩。私2か月も勤務していましたが皇太子殿下のような方がハンターをしているって全く聞きませんでした。どうしてですか?」
「んー。理由は3つね。1つはギルド長が他言無用って指示を出したから。2つめは暗黙の了解としてハンター間の個人的な詮索は無用とされているから。
3つ目はケインさんが最初に身分を隠して来た時、難癖をつけてきたA級ハンターを含めた十数人をボコボコにしているから。
誰も話題にしないのよ。ギルドの触れてはいけない真実って感じかしら?さて、それではみなさん冷蔵用倉庫へどうぞ」
歩きだす一同の中でリーネは呆気にとられると同時にある思いが浮かんでいた。
『そもそもなんでハンターをしているんだろう?』と。
彼がなぜハンターをしているかについてはいつか語ることにしよう。
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