プロローグ

なんとなくそんな気はしていたけれど、次の日も、その次の日も、少女は現れなかった。

 誰もいない河川敷でガムを膨らませて、しばらくして帰る。

 明日は、明後日は、明々後日は、と。

 僕には彼女を忘れる事なんて、出来なかった。

 気付けば苦手だったフーセンガムを膨らませる動作も、かつて少女が膨らませていたように、いやもっと上手くできるようになった。



「……はぁ」 



 僕がいつものように河川敷に仰向けになりながらフーセンガムを膨らませていると、スッと僕の視界を影が覆った。



「……」

「……?」



 目の前に立つ謎の女の子は、うちの学校の制服を着ている。

 見たことない顔なところを見ると、新入生だろうか?

 ガムを膨らませたままでは失礼と思い、僕はガムを口に戻した。

 その一連の動作の間も女の子は何か言いたげにこちらを見ていたのだが、残念ながら僕には皆目見当もつかず。



「……誰、ですか?」



 僕の返答が意外だったのか、目の前の女の子が呆気に取られた表情で固まる。



(そんなに変な事を言っただろうか?)



 首を傾げた僕の視線、斜め下の辺りで何かが動いている。

 大きさはだいぶ記憶と違うが、どこかで見たことある気がする猫の姿。



「……せっかく会いに来てやったっていうのに……!」



 僕の大好きな猫みたいな声。

 それに合わせて猫がこちらへ飛び掛かってきた。

 その猫を僕は胸でしっかり受け止めると、そのまま河川敷の上に転がる。

 久しぶりの再会に、ゴロゴロと喉を鳴らす猫を撫でながら女の子……いや、少女を見上げる。

 もう少し年下と思っていたが、まさか先輩後輩ぐらいしか歳の差が無いとは。



「……遅くなってゴメン」



 少ししおらしい表情の少女。

 大分雰囲気が変わったように見えて、妙にドキドキさせられる。

 そんな感情を隠すように僕は、



「別に?一年ちょっとぐらいさ」



 とだけ返した。

 少女が今まで何をしていたかとか、そういうのが気にならないわけではないが、今は会えた事がただ嬉しい。



「ガム、膨らませるの上手くなったんだよ」

「ほんとに?」

「食べる?ガム」

「……うん、貰う」



 猫耳を外した少女はなんだか恥ずかしそうに、前髪を指先でくるくると巻きながらガムを受け取る。



「……あ」

「あ」



 少女が口にしていたガムが、ぽろりと下に落ちた。

 どうやら少女の方は大分ガムとご無沙汰の生活をしていたと見える、力加減を間違えたのだろう。



「まだあるから大丈夫」

「んーん」



 僕がポケットに手を入れようとしたが、少女はそれを無視して



「ガム、貰うね」



 と言って、顔を近づけてきた。

 フーセンガムとは違う甘い味が、口に広がる。

 僕のものだったフーセンガムをはもはもしながら、少女がこちらを向く。

 ほんのり染まった頬が、さらに愛らしさを加速させる。



「今年からよろしく、先輩」

「……うむ、任せろ後輩」



 僕も少女もしばらく空を見つめていたが、だんだん僕も口が寂しくなってきたので、ガムを貰う事にする。

 そんな僕らを見かねてか、猫は呆れたような鳴き声を出して去って行った。

 これが僕と少女のなんてことはない再会。

 今年からは、学校が楽しくなりそうだ。

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猫耳パーカーとフーセンガム ハナミツキ @hanami2ki

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