真犯人オンライン ~対戦型不可能殺人構築ゲーム~
滝杉こげお
全国大会編
十字館の殺人 解決編
*
日本海沖に浮かぶ孤島――
島は昨晩より続く嵐により航空機はおろか船舶ですらも人の出入りが不可能な“
東京ドーム二つ分という狭い土地。高い木々などの遮蔽物が存在しない開けた土地に建つ一棟の洋館。
それこそがこの島に建つ唯一の建物である“
今現在強い風雨のためにこの島にいる者が十字館の外で生存することは不可能である。
尋常ならざる悪天候。しかし、館の中ではそれ以上の異常事態が起こっていた。
「今回の
浴室で発見された溺死体。死んでいたのはこの館の主である
その現場にたまたま居合わせた探偵の手によって事件は調査されていた。
「そ、そんな。お義父さんの死は事故死だったんじゃ」
上がる反論の声は探偵から名指しされた木藤諭吉からのものだった。
諭吉は、権蔵氏の長女である木藤
権蔵と諭吉の家族仲は悪くなかった。
探偵から挙がった名前に妻の貴子はもちろん、場の全員が驚きの表情を見せていた。
初めは事故死かと思われた権蔵の死。
しかし、その死は事故死とするのに不自然な箇所があった。
「権蔵さんが亡くなっていたのは浴室の洗い場です。権蔵さんの死因は溺死のため、仮に権蔵さんの死が事故死なのだとすれば浴槽の中で死んでいなければおかしいはず」
「でもお義父さんには体を押さえつけられたような跡はなかったはずですよね。誰かがお義父さんを殺したのだとしたら浴槽にたまった水に顔を押し当てて殺したはずです」
諭吉の反論。その内容はすでに場で出ていたことであった。
仮に薬などで眠らせて意識を奪った状態であれば、体を押さえつけることなく権蔵を溺死させることは可能だ。
しかし権蔵は、手にシャワーヘッドを握りしめた状態で亡くなっていた。
シャワーヘッドを死後に握らせても同様の状態にはならないという。
これは生きているときに自分の力によりシャワーヘッドを握りしめていた証拠であり、権蔵は死の直前まで意識があった証拠である。
意識がある状態であれば犯人に襲われて権蔵が抵抗しないわけがない。そうすれば必ず体のどこかに権蔵を押さえつけた跡が残るはずなのである。
「ええ。今回の事件で最も不可解だったのが権蔵さんの死体に一切の拘束の跡が無かったことです。浴槽に溜まった水で権蔵氏を窒息させるには権蔵さんの頭を押さえつける必要があります。しかし、諭吉さん。あなたは権蔵氏の身体に触れることなく権蔵氏を窒息させて見せた。一体どんな凶器を使ったのか。その答えは明白です。凶器はやはり水だったのです」
「? 探偵さんは何を言っているのですか。浴槽の水では権蔵氏は殺せないとあなたが言ったばかりではないですか」
「はい、その通りです。浴槽の水で権蔵氏を殺すにはどうしても権蔵氏を拘束する必要がある。しかし犯人は被害者を拘束することなく犯行を完遂させている。ですからあなたが使ったのは浴槽の水だけじゃない。もっと大量の水を使い浴室自体を満たし権蔵氏を窒息させた。それが今回の事件のトリックです」
広間に戦慄が走った。
混乱からいち早く立ち直った諭吉が反論する。
「ちょっと待ってくださいよ。そんなこと不可能でしょう。確かに浴室自体が水没していたのならお義父さんに意識があったところで溺死させることができる。でも、浴室を水で満たすのにどれだけの水がいると思っているんですか。蛇口から出していたんじゃいつまでも溜まりませんし、浴室には排水溝もある。権蔵氏が入浴していたのは一時間程度の事です。絶対に不可能ですよ」
屋敷のデザインも手掛けている諭吉から上がるのはその犯行の不可能性を訴える反論であった。
浴室は広さ3×3㎡、高さは4m。空間を水で満たそうとすれば36,000ℓもの水が必要となる。蛇口から出る水は最大でも1分間に20ℓ程。とてもじゃないが1時間で用意できる水量ではないというのだ。
「確かに水道から水を出していたんじゃ到底殺害は成しえない。ですが、水ならあるじゃないですか。そこに。大量に」
探偵が指さす先には外界を映す窓があるだけだ。
人の出入りができないほどの激しい嵐が続く屋外。
諭吉は、眼鏡の奥の瞳を鋭く尖らせながらまくしたてる。
「水って……まさか降った雨水が浴室内に入ってきたとでもいうんですか? それはあり得ませんよ。浴室は壁も床も天井も全て隙間なく作られていて気体ならともかく水が入り込める余地なんてありません! 浴室への唯一の出入り口であるドアから水が入りこんできたのだとしても脱衣所に水の痕が残るはず。それが無かった以上、浴室へ水が浸入できる経路なんてありませんよ」
「水の侵入経路がない? いいえ、その存在はさっきあなたが明言していました。排水溝。そこから水は侵入したんです。そして、そのトリックを仕組んだ犯人は、あなただ! 木藤諭吉さん!」
まっすぐに伸びた人差し指。名指しを受けた諭吉の額からは汗が流れる。
「は、あ? ど、どうして水が流れ出ていくための排水溝から水が侵入してくるというんですか」
「この館の造りは住宅デザイナーである諭吉さんが家族の意見を取り入れた結果、普通ではない特別なものとなっています。この館は足の悪い権蔵さんに配慮し平屋建てになっている一方、西洋の洋館にあこがれる貴子さんの希望から外観は二階建てに見えるように造られている。ではそのような見た目にするのにこの建物の屋根の部分はどうなっているのでしょうか。おそらく外側が高く作られており、雨が降った場合水が内部の一点に向かい流れる構造になっているのでしょう」
「うっ、そ、それは……」
まるで館の構造を俯瞰したかのような探偵の言動に諭吉は言葉を濁す。事実、十字館の屋根は探偵の言う様に内側へと傾斜して作られていた。
「普段はそこに集まった水がそのまま排水管から流れるようになっているのでしょう。ところでこの屋敷、排水管は屋内と屋外で共用の物を使っています。では排水溝の出口が何らかの形でふさがれればどうなるでしょうか。水は高いところから低い所へと流れます。出口を失った水は逆流し浴室の中へと注ぎこまれます」
「僕が排水溝に物を詰まらせて排水を逆流させたと? いや、権蔵氏はその時意識があったんですよね!? ならそのまま浴室から脱出すればいいじゃないですか」
「いえ。それはできなかったんです。犯行時、扉は犯人の手によって閉ざされていた。おそらく浴室にある洗濯機でも動かして扉を抑えたのでしょう。だから権蔵氏はなんとか脱出しようとシャワーヘッドを扉に叩きつけた。権蔵氏がシャワーヘッドを握っていたのはそのためだったのでしょう。しかし、扉は防音のために分厚く作られており、助けを求める声は誰にも届かなかったのです。そして、この犯行が可能だったのはただ一人。木藤諭吉さん。この館の設計に携わることで浴室の浸水トリックを仕掛け、扉の前から洗濯機をどけることができた第一発見者でもある人物はあなただけなんです!」
「うっ!? さ、
探偵の推理。諭吉の
居たはずの人物もかき消えて、諭吉が居た場所に線の細い青年が姿を表す。
そう。事件はプレイヤー、井原秀作の手によって
*****
二十二世紀初頭、人々は死を乗り越えた。
発達した再生医療は病気や事故による身体欠損のほとんどを治療し、科学技術の発達は今まで不可能とされてきた脳機能の再生を代替医療という形で実現した。
技術の発達により極限まで延長された人間の寿命は平均150歳を超え、今なお伸び続けている。
もはや人類にとって死は必ず訪れる人生の終着点ではない。
自ら選択し享受するものへとなり替わったのだ。
人々の死に対するイメージも変わっていく。
忌避し、畏怖すべき対象であった死。それが、現在――
『決着ぅううううううううううううううう! 第二十三回真犯人オンライン都大会決勝戦、見事対戦相手のトリックを見破り先に事件を
「「「わあああああああああああ!」」」
死という事象が魅せる興奮に人々は熱狂していた。
収容人数十万人のドームを埋め尽くす観客が思い思いの言葉を叫ぶ。
互いの犯人役が殺人事件を構築し、探偵役が相手より先に殺人トリックを暴く。
新時代の頭脳ゲーム。
それが“真犯人オンライン”。今、世界で最も熱い対戦型ゲームである!
「いやあ、まさかこちらが死体を発見する前に推理を始められるとは。完敗だよ」
「ははは。それはたまたまですよ。水浸しになっていたトイレを見て排水溝から水が逆流した可能性に気付いたんです。まさか決勝戦でこんな大胆なトリックを使ってくるなんて、僕らこそ肝を冷やしましたよ。対戦ありがとう」
観客が見下ろす先、
死の飛び交うゲーム。
しかし、終わってしまえばノーサイド。
死力を尽くした両チームはともに相手の健闘を称え合う。
確かなデッサン力と自由な発想力を武器に複雑な殺人状況を構築する
類まれなる推理力であらゆる事件を
都大会決勝にふさわしい好カードを制し、全国大会への切符を手にしたのはラスト高校であった。
そのメンバーへと送られる声援はいくら時間が経とうとも収まる気配が見えない。
「ああ。すごい、すごいです」
客席の一点。
周りの観客同様、興奮冷めやらぬ様子で声援を送る一人の青年がいた。
彼の名前は
青み掛かった茶色い髪に、度の強い黒縁の眼鏡をかけた青年だ。
「ふっ、ふふふ。秀作さんは最高の探偵だ! いつか僕も生み出したトリックで、彼に挑戦してみたい!」
独特の雰囲気を纏い、含み笑いをする青年。彼はこの時決意したのだった。
いつか自分が最高の探偵にも解けない究極のトリックを生み出してやるのだと。
そしてその目標が彼を推理作家への道へと歩ませる。
これは殺人トリックに全てを賭ける青年が、最高の探偵を目指す青年と出会い、互いを高めていく彼らの成長譚である。
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皆さま、こんにちは! 作者の滝杉こげおです。
真犯人オンラインをここまでお読みいただきありがとうございます。
本作はいままでにないミステリー体験を目指して書いたものです。
『理由なき殺人』の究極系。新感覚対戦型ミステリー!
次回更新分から本編になりますので、作品の雰囲気が気に入ったぞという方はぜひともフォローの方をよろしくお願いします。
作品の感想の方も随時受け付けております。
当作品では犯人当て、トリック当て、展開当てを全面的に推奨しておりますので、我こそはという方は感想欄に考察内容を書き込みください。
逆に読者の考察であっても見たくないという方は感想欄の閲覧は非推奨となります。
先に本文を読んでから見返す形で感想欄をご確認ください。
応援、よろしく願いします。
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