第46話『「好きだ」という言葉』
「10階層のヒュドラは手強い相手だったな」
「ですねっ……! 強力なブレス攻撃からレイが甲羅の盾であたしをかばってくれたからなんとかなりました。いつも、どうもありがとうございますっ!」
「感謝しているのはこっちも同じだ。ヒュドラの首が一本になった途端に翼を生やして空を飛んだのはさすがに驚いた。リルルが空中を駆けてヒュドラを地面に叩き落としてくれたおかげで勝てた。さすが、リルルだ」
「いえいえっ! 私が魔法を使えるようになったのはレイがあたしを魔導学院に連れて行ってくれたおかげです。レイ、これからも、よろしくお願いしますっ!」
「こちらこそ、よろしく。リルル」
このままだと褒めあい合戦になりそうな感じだな。
それもそれで楽しいのだが少し恥ずかしくもある。
ドロップアイテムのほうに話を移そうか。
「今回のヒュドラがドロップしたアイテムは凄いぞ」
「どんなアイテムをドロップしたのですか?」
「ヒュドラのドロップアイテムは【
「それは凄いですね。レイが合成すれば取得経験値100倍になりますね!」
「ははは。その通りだな。確かに手強いボスではあったけど、今回でヒュドラの行動パターンは覚えた。次回以降に戦う時は今回ほど苦戦しないだろう」
「ドロップアイテムの
「もちろんだ。この指輪はリルルにプレゼントしよう」
俺はリルルの左手をとり、
小さくてかわいらしい指に
「いい指輪ですね。キラキラとしていて綺麗です。まるで結婚指輪みたいです。ふふっ……レイ、でも良いのですか? レイがはめたのはあたしの左手の薬指ですよ」
くすくすとリルルは笑っている。
……やってしまった。
無意識とはいえ女性の薬指に指輪はまずいな。
「そういえば、リルルも結婚とかは……、興味があるのか?」
結構勇気が必要な質問だった。
俺はリルルが好きだ。
好き過ぎる。
中学の頃に片想いした佐伯さんより好きだ。
佐伯さんへの中学時代の俺の想いが1だったとすると、
リルルへの想いは1000000兆くらいだ。
比べることなどできない。
一緒にいるとドキドキするし同時に心が癒やされる。
リルルと一緒になってから人生がとても楽しい。
安っぽい表現だけど、世界が輝いて見えるようになった。
この王都も好きになったし転生したこの世界も好きになった。
だけど、だからこそリルルを失うのが怖い。
本当に怖いのだ。
リルルを失ったら俺には何も無い。
俺は、リルルが男性に対して拭い去れない、
恐怖心を抱いている事は理解している。
一緒に料理店に行った時にも、男性店員が
お皿を置いた音を聞くだけでリルルの顔の筋肉が、
反射的にこわばるのを見ていた。
リルルは俺に悟られないように努力をして自然に振る舞っていた。
だからこそ余計に、そのリルルの心を想像すると胸が痛かった。
俺に心配させたくないという想いを想像するだけで苦しかった。
俺と一緒にいる時は別だが一人のときには、
リルルが男性の目を直接見て話せない事も知っている。
魂に刻まれた癒えない傷のようなものがあるのだろう。
異性に対する本能的な恐怖。当然の事だ。
つい最近、道具屋のおばあちゃんに会った時に聞いた。
メイド喫茶で働いている女の子達もリルルと同じように、
男性客と直接目をあわせられないと。
リルルの心を大切にしたい。傷つけたくない。
俺が好意を伝えることで夢のようなこの関係が、
ガラスの城のように崩れさるのではないか?
そんな考えが頭に横切り『好きだ』というたった一言が口にだせない。
好意を態度で示すといっても言葉で示さなければ伝わらない事もある。
だから俺は伝えなければいけないのにそれから逃げている。
俺は一人でいる時にいつも考える。
俺が傷つくのが怖いのか、それともリルルを傷つけるのが怖いのか。
きっと、どっちもだ。どっちも怖い。
この楽しくて幸せな時間が永遠に続けば良いのにと。
でも、それじゃあきっと駄目なのだ。
永遠なんてない。
ずっとずっと続く終わらない夏休みなんてない。
だから俺は前に進まなきゃいけないんだ。
しばらくの沈黙が続いた後にリルルは言葉を続ける。
「はい。でも……あたしは知っています。"花売り"の職業を刻まれた女性がまともな男性に恋心を抱くなんて、ましてあたしのことを愛してもらおうだなんて、そんな考えは傲慢だって……はかない夢なんだって」
リルルの声は悲しむでもなく憤るでもなく、
感情の起伏が感じられない空っぽの声に聞こえた。
まるで厳然とした事実を読み上げるかのような平坦な声で。
きっと……リルルは無意識にいろいろな事を既に諦めてしまっている。
なんて寂しい自己定義だ。そんなのあまりに悲しすぎる。
俺はそんなリルルに対してなんて言葉をかけたら良い。
考えろ……。足りない頭で考えろ!
「俺は気にしない。そんなことは表面的なことで些細な事だ」
「慰めの言葉ありがとうございます。物心ついたころには孤児院育ちだったあたしは家族というものを知りません。だからでしょうかね……」
あー!!!! もうやめ!! やめだっ!!!!
……うじうじ考えるな、俺!
考えるのはやめ!! 中止!!!
大体、俺そんな頭よくないしなっ!
たいして頭の回らない俺がそんなに考えても意味なんてない!
心を奮い立たせろ!!! 勇気を出せ!!!
こういう時は気合と根性だ!!!
もし俺が男性としての好意を示すことでリルルの心のトラウマを刺激するなら、
その時は誠心誠意を尽くして謝ればいい。
謝っても駄目なら、その時はいろいろな人の助けを借りてなんとかする!!
告白してフラレたって、振り向いてもらえるまで頑張ればいいじゃないか。
それに、一度駄目だったからって、その時点で諦めなくたって良いはずだ。
生きていれば見返すチャンスはいつでもあるはず。
びびるな、俺! さあ言うぞ!
善は急げと言う、今すぐ告白しよう。
結婚を前提に交際をお願いしますと言おう。
ん……それはさすがに早すぎるか、
まずは『好きだ』という想いを伝えよう。
ウジウジ考えるな! さあ、言え!!!
「リルル……俺はお前の事が好っ……」
「レイ!! フロアの中央に転移ゲートが開きましたよ。今回は……2つあるようですね。いつもの帰還用の青い転移ゲートと、初めて見る緑色の転移ゲートですっ」
っ……ちっくしょー!! 間の悪い転移ゲートだな。
空気読んでよ。それにしても緑のゲート?
緑の転移ゲートなんて初めて見るぞ。
俺が10階層を踏破した時には無かった。
何らかのイレギュラーか?
告白はあとだ。仕方ない。だが今日中だ。
ダンジョン出てからにしよう。
具体的には噴水公園で黄昏時にロマンチックに告白しよう。
「せっかくだから俺はこの緑の転移ゲートを選ぶぜ」
何がせっかくなのかは分からないが、
俺とリルルは緑色の転移ゲートに乗った。
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