第12話『Fランク冒険者リルルの決意』

 道具屋のおばあちゃんに会ってから2週間の間、

 俺は毎日ダンジョンの1層目をグルグルしていた。


 ここは初級ダンジョン1階層目のボスフロア。



「ほいさっ!」



 俺はコボルトデスロードの大振りな攻撃を

 パリィによって華麗に受け流す。


 盾のノックバック効果でよろよろと

 後ろずさりながら地面に倒れ死亡。

 しばらくすると光の粒子になって消えた。


 俺は、コボルトデスロードが

 戦利品として落としたコボルトダガーを回収。


 同じフロアをグルグル周回して気づいたこと

 なのだが毒玉☆は効果が強すぎる。

 いや、強すぎて困ることはないのだ。


 であるが、

 あくまでこの初級ダンジョン1階層を周回しているのは

 リルルに戦い方を学んでもらうためのものである。



 効率を優先しすぎたら立ち回りを学ぶ事ができない。

 そういうわけで、即死効果の【毒玉☆】から適度に

 弱ってくれる強化毒玉を使う方針に切り替えた。


 具体的には、コボルトデスロードは

 【毒玉+2】くらいであれば動きは鈍くなるが

 まだ戦える状態なので、俺はその状態でパリィをしたり、

 敵の動きを躱す立ち回りを見せていた。



「ふぅ。いっちょあがり!」



「レイ、おつかれさまですっ!」



 リルルは回復薬☆を俺に渡してくれた。

 俺は体力は減っていないがありがたくガブ飲みだ。

 何しろ在庫はゆうに1000は超えている。



「リルルもお疲れ」



 俺も回復薬☆を差し出す。

 ほとんど水分補給代わりに使われている。

 回復薬には副作用はない。



 強いて言うならばカロリーが高めなので、飲みすぎれば太るという問題はあるが、運動量の多い冒険者には関係ないことである。


 ちょっと以外だったのはリルルは蘇生してからは肌ツヤと髪ツヤが良かったのだが、俺の肌ツヤと髪ツヤが少しよくなった気がするのだ。



 気のせいかもしれないがそんな気がする。

 まぁ、プラシーボ効果かもしれないが、

 少なくともリルルは褒めてくれる。

 容姿を異性から褒められるのは嬉しいものだ。



 お世辞でもな!



「リルル、1ヶ月間のダンジョン探索お疲れ様」



「はい!」



「冒険者やってみてどうだった?」



「怖かったけど、やりがいのある仕事だと思いました!」



「そうか、冒険者として生きていく覚悟は決まったか?」



「これからも一緒にレイと冒険したいですっ!」



「そうか。ならこれからギルドの受付に行こう。俺からの紹介状は書いてあるから、それを渡せば、リルルも正式なダンジョン冒険者だ」



「これでずっと一緒ですねっ!」



 ずっと一緒って、おいおい勘違いしちまうぞ。

 正直俺も冒険している時に時折えっちな気分にはなるのだ。


 慕ってくれている子に幻滅されたくないので紳士的に

 振る舞うようにしているが。


 勘違いであっても尊敬してくれるリルルの期待に可能な限り応えたい。 


 【マジシャンズ・ロッド☆】を売った事によって、

 お金が潤沢にあるから今は宿屋もリルルと別部屋にした。



 「別部屋にする」と言った時にリルルが寂しそうな顔をしたのが意外だった。あまり主張をしないリルルが珍しく「宿賃がもったいない」とか「冒険の前の情報共有がおろそかになる」とかそれっぽいことを言って抗議するのが印象的ではあった。


 ――正直嬉しかった。いや本当に。


 リルルには、錬金術の知識の取得、パリィ訓練、限界突破作業などには超高度な集中力が必要だからと説明したが、あれは嘘だ。錬金術は割と手をかざすだけで割と雑な感じで出来るし、限界突破も同様だ。



 でも、俺には男としてやむなき事情があったのだ。



 俺の"ジョニー"を鎮めなければならないからだ。

 男性にも生理現象というのはあるのですぞ。

 しかも俺はそれが人より強めだと思う。

 残念ながら俺は聖人じゃないんだ。

 たまにおっぱいチラ見してる。

 リルルすまんな。



「じゃあ、ギルドの受付に向かうか!」



「いきましょう!」



 俺とリルルは、フロアボスを倒すと出現する

 ダンジョン帰還ゲートから転移する。

 行きは大変だが、帰りは楽だ。



 帰還ゲートからの転移先はギルド内。

 受付も目と鼻の間の距離だ。



 俺は、受付嬢の女の子にリルルを"一般同行者"から、

 正式な"冒険者"にして欲しい旨を伝え、

 その上で紹介状を書いた。


 リルルの能力、真面目さ、などを気合を入れて書いたら

 10枚くらいになってしまった。

 ギルドの人がひと目で分かるサマリーも1枚含まれるが。



「……レイさんは誠実な人だと思い密かに敬愛していただけに残念です」



 受付嬢は茶色のポニーテールを揺らしながらため息をつく。

 受付嬢の冷たい赤い瞳が俺の瞳を射るようにじっと見つめる。



「えっと、どういうことですか?」



「"えっと"じゃないですよ! 紹介状の子、商売女……売女じゃないですか!?」


 公衆の面前で大声で怒鳴りつける。

 俺は怒りに任せて反論しそうになった。


 だが、そのせいでリルルの"冒険者"としての道が閉ざされる方が恐ろしかった。

 俺は、内から燃え上がるマグマを氷のように鎮める。



「職業差別は公平さを旨とするギルド職員としては違反行為ではないかな」



「……訂正します。"花売り"を冒険者に推薦するなんて正気ではありません」



「職員はEランク以上の推薦があれば無条件承諾する



「きっ、決まりの話じゃないですよ! 心のあり方の問題ですよ」



「どこに問題があると?」



「この"花売り"に何を吹き込まれたか知りませんがねぇ、レイさん、一時の感情に振り回されないで冷静に考えてください! 私は、ギルド職員としてではなく、ひとりの人間……女性としてあなたの行動に反対をしているんです」



「そうか。ギルド職員なら規定通りに職務を全うしてくれ」



 受付嬢は苛立ちながらも職務のギルドカードを発行している。

 無言で、リルルにFランク冒険者のギルドカードを雑に渡す。



「ありがとう、ございます。……そして、ご迷惑をおかけしてごめんなさいっ」


 リルルは、受付嬢に深々とお辞儀をする。

 我慢しているが、瞳の端からは今にも涙が零れ落ちそうであった。



 俺は、黙ってリルルの頭に手のひらをポンッと置く。



「君にはこの場で彼女に対して吐いた暴言の全てに謝罪してもらいたい気持ちはある。だけど、それでは口だけの謝罪で本当の心のこもった反省にはならない。俺が、リルルを推薦したのは伊達や酔狂ではなく、本当にそれだけの実力があったからだときちんと証明する。……その時は、リルルに対して心から誠心誠意、謝ってくれ」



「しっ……知らないですよ。そんなこと! 好きにすればいいじゃないですか!!」


 

 あとは、もう語ることはない。

 俺は、リルルの手をとってギルドから出た。

 リルルの手はとても汗ばんで熱を持っていた。


 

 しばらくの間、俺とリルルは、

 無言で手を繋いで歩いていると噴水のある公園に辿りつく。


 夜のくらがりと昼の陽光がちょうど交わる時間、

 黄昏時たそがれどきである。



 俺と、リルルはそこに備え付けられている木のベンチに座る。



「冒険者としての門出の日だったのに不快な思いをさせてすまなかったな」



「いえ……あたしが"花売り"なんて職業のせいでレイの顔に泥を塗りました」



「些細な事だ。気にするな」



「穢れたあたしにレイは相応しくありません……。あたしなんかいなくても」



「必要だ。一緒に居て欲しい。これは心からのお願いだ」



「……っ、レイは、本当にっ……あたしなんかで良いんですか?」



「俺はリルルじゃなきゃ駄目だ」



 リルルの頬を涙が伝う。余程我慢していたんだろうな。

 俺はリルルを抱きしめて、背中をポンポンと叩く。

 180cmと140cmという身長差のせいもあり、

 俺はリルルを抱きかかえるような形になった。

 俺の胸の中に顔をうずめてリルルは泣いていた。



 今日のこと以外にもいろいろな感情が堰を切って溢れたのだろう。

 リルルは頑張りすぎだ。少しでも気が楽になれるように頑張るぞ。



 ひとしきり泣きはらすとリルルの方から離れた。

 顔がぐしゃぐしゃで鼻水も出ていたが、

 その顔を見せてくれた事が嬉しかった。



「そうだ。リルルに冒険者祝いのプレゼントを用意していたんだ」



 俺は袋に包まれた、二振りの光る物を渡す。



「これは? なんでしょうか?」



「ふふん。あけてみな」


 いそいそと袋を開ける。


「これは、コボルトダガーですね。しかも二本も!」



「いや、ちょっと訂正だそれは【コボルトダガー☆】二本だ」



 リルルは【コボルトダガー☆】を見て、

 何故かツボにはまっていたらしく不思議と笑っていた。

 想定外の反応ではあったが、嬉しかった。

 年相応の女性らしく装飾品をもと思ったのだが、

 笑ってくれたなら、それで良い。



 やはり、リルルには泣き顔ではなく笑顔を似合う。 

 


「リルルには明日以降は、本格的にダンジョン攻略に参加してもらいたいと思っている。今日の"冒険者"記念はそのために必要な武器だ」



 深呼吸して一息に告げる。



「俺とリルルで……見下したクソッタレ共を実力で見返してやろうぜ!!」



「はいっ!」

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