第9話『リルルの口移し』
「……死……な……ぃ……で……」
……誰かの声が聞こえる。
今際の際の幻聴のようなものであろうか。
俺はあの爆発で確実に死んでいるはずだ。
全身を鉄片と釘に貫かれ更に爆風で
焼かれた俺が生きているはずがない。
だからこれは、幻聴だ。
口の中にヒヤリとした液体の感触。
唇に感じる柔らかい感触。
「……ィ……さ……レ…さん…!」
喉の奥をつたっていく液体。
薄ぼんやりとした視界が徐々に戻っていく。
朦朧とした意識が徐々に呼び醒まされる。
「……リ、ルル?」
「はいっ。あたしは、リルルです」
俺は自分の手を見つめる。
手足の欠損はない。
鉄片や釘に貫かれた傷跡もない。
ただ、俺の服には穴が空いているし、
ところどころ服は焦げ付き、
また血糊がべっとりと染み付いている。
これが否が応でも夢ではなく現実の出来事であることを俺に理解させる。
でもおかしい、あれだけの爆発を受けたのに?
火傷の痛みすらない。
「俺、生きてる?」
「はいっ。レイは生きています!!」
致死ダメージを受けた時に一度だけ踏みとどまるという、
不死王のマントの起死回生効果だろうか?
いや……は即死を免れるだけで瀕死のはず。
この回復力は一体。俺は思わずリルルの顔をみつめる。
「レイが限界突破の実験の時に作った【回復薬☆】を口移ししましたっ」
「そうか……。リルルは俺の命の恩人だな。ありがとう」
確かに【回復薬☆】は限界突破によって作り上げた、
最上級の品質の回復薬である。
しかし。
それでも、火傷や、鉄片で串刺しにされた体が、
一瞬で治癒するように事があるだろうか……。
それはもはや世界樹の葉のような奇跡の領分である。
世界樹の葉によって【超自然治癒】を得たリルルの唾液と回復薬が口腔内で混じり合うことで何らかの効果をもたらした……とか?
まぁ、何の根拠もない想像に過ぎないが。
いや……違うな。
これは――。
「愛の力だ」
「……っ?」
リルルが不思議そうな顔をしている。
すまんなリルル。
俺はどうやらちょっと疲れているみたいだ。
◇ ◇ ◇
その後の顛末である。
俺は宿屋の受付で事情を説明をした上で、
衛兵所に向かった。
宿屋のおかみさんは随分と驚いたようだ。
当然であろう。自分の宿に暗殺者が忍びこまれたのだ。
宿泊料金は数倍にして返された。
俺は受け取りを固辞したのだが、無理やりに受け取らされた。
端的に言うとお詫びと、
暗に黙っていて欲しいという思いを込めてのお金だろうから、
俺もあまり粘らずに受け取ることにした。
宿屋のおかみさんとしては暗殺者の襲撃にあった宿ということに
関してあまりおおっぴらにして欲しくない、
という思いがあるのだろう。
気持ちは分かる。ダークエルフの暗殺者が襲撃した宿なんていう噂が広まれば商売あがったりだろうからな。俺も衛兵やギルドなどの情報共有が必要な人間以外には言わないつもりだ。
そんなこんなで、衛兵さんが詰めている
衛兵所に行ってことの経緯を説明した。
ダークエルフの暗殺者が宿に堂々と現われ暗殺をした事について、
根掘り葉掘り聞かれたので事の経緯を細かく話した。
珍しいことではあるが、過去に無いことでもなかったようで、
事情聴取はスムーズに進んだ。
今後はダークエルフに関しての監視の目をより強めるとの事であった。
さすがに、もうこのような事が起こらないよう祈りたい。
そんないきさつもあり、
その日は俺とリルルの安全を確保するために、
衛兵所で宿泊することになった。
ここは本来は、衛兵が捕まえた囚人を一時的に
おいておくための簡易的な留置所なのだろう。
かび臭く、布団も薄い。だが安全である。
「布団硬いな。まさにせんべい布団って感じだ」
リルルが下を向いてうつむいて元気がない。
俺は無難な話題を振ってみる。
「すみません……あたしのせいで、危険な目に」
やはり、一連の出来事に罪悪感を感じているようだ。
彼女は被害者でありそんな呵責を感じる必要はないのに。
「いや、逆だ。俺はリルルに命を救われた」
「そんなっ、あたしがいなければあんなことには……」
「不死王のマントで起死回生しても、リルルが回復してくれていなければ火傷と出血の
リルルは、自責の念からか
泣き出しそうな顔をしている。
俺ももっと気の利いた事を言えればいいんだが。
思い浮かばない。
だから、
「……レイ?」
俺は無言でリルルの頭にポンッと手を置き、
頭をわしわしと撫でた。
リルルはいままで苦労をし続けたんだ。
彼女がこれ以上不幸になって良いはずが無いんだ。
そういう時は、笑え。
言葉がうまくない俺にできるのはそれくらいのものだ。
リルルは大変ななかで頑張っているんだ。
「明日は楽しいダンジョン探索だ! 早く寝よう」
俺は無理矢理に口角をあげて笑ってみせる。
空元気くらいは俺にだってできる。
「はいっ!」
俺とリルルは波乱の一日を終え、衛兵所の
床にしかれたせんべい布団のなかで眠りにつくのであった。
狭苦しい留置所の冷たい床の上のせんべい布団ではあった。
だが隣に誰かが居るというのは、
ただそれだけで悪くないものだなと思うのであった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます