第8話『ダークエルフの暗殺者』

 俺の目の前には浅黒い肌をしたダークエルフ。

 何も語らず静かにこちらを見つめている。



 それにしてもどうやってここに入ってきたんだ。

 ……ここ3階だぞ。考えても仕方ない、か。


 一番高い階層の部屋を取ったのは暗殺者よけのためだ。

 定石通りなら有効な対策のはずなのだがな。



 リルルとの同室は本当に念のためだったのだがな。

 その慎重さが今回はうまく働いたか。



 暗殺者がダークエルフが1人なのは幸いと思うべきか。

 いや、部屋の外にも待機している可能性もある……。

 まずは目の前の相手だ。



「リルル……。俺の後ろで自分の身を守っていろ」



 部屋の外が確実に安全なら部屋から逃げ出してもらうのだが、

 残念だがその保証はない。

 部屋の外で他のダークエルフが待機している可能性もある。



「……っ!」



 リルルは恐怖で、床に膝をついて肩を震わせている。

 自分をあんな目にあわせた相手が目の前にいるのだ。

 当然だろう。


 あくまで能力値が高いだけで戦闘の経験のない少女だ。

 俺が、――やらなければならない。



「ここは、お前の部屋じゃねぇ。部屋番号確認し直しな」



「オマエ、不死王ノ贄ヌスンダ。――コロス」



 知ってはいたがな……。

 まともに話し合える相手じゃねぇってことか。

 こうなったら覚悟を決めるしかねぇか。



「かかってきな」



 目の前のダークエルフの男は、

 スクロール魔法の巻物のヒモを解き空中に放り投げる。


 スクロールが空中で開かれると、

 その刹那、雷の槍が俺に向かって飛んでくる。



「ぬらぁっ!」



 直線的な軌道だ、見える。

 俺は目の前に迫りくる雷の槍を、

 左手の新月の盾で弾く。



「キヒッ!」



 その光景をみて何が面白いのか、

 ニヤリと剥き出しに歯をむけ嗜虐的な表情で嗤い

 今度は2枚のスクロールを投げる。


 空中でスクロールが開かれるやいなや、

 炎の玉と、巨大なツララが俺に向かって襲いくる。



「無駄だっ!」



 俺は左手の新月の盾を振るう。

 まるで炎の玉と巨大なツララが存在しなかったかのように、消えさる。

 新月の盾でパリィした時に魔法を打ち消す効能である。



「キィッ? ソノ、盾、ナンダ」



「答える義理はねぇな」



 ぶっちゃけうまく機能するか

 半信半疑だったが、物は試しだ。

 ハッタリが効いているのか、相手は少し怯んでいるようだ。


 これで退散して欲しいところだろうが、

 影に潜む存在である暗殺者がその姿を表した以上、

 その可能性は万が一にもあり得ないだろう。




「ヒヒッ。モトヨリ、殺セバカンケイナイ」



 ……っ! 魔法攻撃から、近接攻撃に切り替えるか。



 ダークエルフは腰の鞘から黒塗りのナイフを抜き取る。


 一流の暗殺者が闇夜に乗じて暗殺する際に用いるナイフである。

 つまりは目の前の相手は相当の暗殺のプロフェッショナル。



 男は床を強く踏みしめ、一気に俺との間の距離を詰める。

 まるで足にバネでもあるような強力な跳躍力。

 黒塗りされたナイフが俺の前の空を何度か切る。



 ――早いっ!



 ついに、ダークエルフのナイフが鼻先の薄皮を掠める。

 相手は問答無用で急所狙いである。

 黒塗りのナイフが俺の頸部を狙って横一文字に切り結ばれる。



「そこだっ!」



 思った通り急所狙いだ。

 俺は右手の満月の盾で剣戟をパリィする。


 ダークエルフは体幹を大きく仰け反らせ、

 3歩ほど後ろに後退する。



「くらいな!」



 俺はサイドポシェットから麻痺玉を取り出し、

 目の前の男に向け投げつける。


 麻痺玉がダークエルフに当たるや、

 玉を覆うカラが割れ中の薬剤が男の全身を覆う。

 大型モンスターの動きも奪う麻痺玉である。



「イヒヒッ、ムダ、オレニハ、キカナイ」



 一流の暗殺者は拷問や尋問に耐えるため、

 何らかの方法で毒や麻痺などに耐性を身につけるという。

 まさかそんな相手を俺が相手にすることになるとは。

 ――だが。



「さて、それはどうかな?」



 俺はついさっき部屋の中で限界突破の実験のために

 作ったばかりの麻痺玉☆を目の前の男に投げつける。

 最大まで限界突破させた麻痺玉の効果だ。



「ギィヤァァアッァァアアアアッッ!」



 確かに状態異常に対する耐性を持つのは計算外だった。

 ――だが、戦う相手が悪かったな。



 俺の目の前で男は全身をビクンビクンと痙攣させながら、

 カニのように泡を吹きながら床の上をのたうちまわる。

 だが、まだ死んでもらうわけにはいかない。


 毒玉ではなく麻痺玉を投げたのは、俺が尋問するためだ。

 リルルの拉致を指示したのが誰なのか、

 それだけは確認しなければならない。



「知っている情報を洗いざらい吐いてもらおうぞ」



「ッッ……ッヒヒッ、ヒハッ!!!」



 ダークエルフは泡を吐きながらも、

 最後にニヤリと邪悪に嗤った。


 まるで、勝ったと言わんばかりの表情で。


 ダークエルフは奥歯をガギリと噛みしめる。

 ――自爆。 



 俺はリルルの直線上に立ちふさがり、

 爆風からかばうために立ちふさがる。



 ズドンという轟音。



 俺は二つの盾を構え、リルルの前に立ちふさがる。



 その後にダークエルフの体に大量に仕掛けられていた

 無数の鉄片や釘が雨のように襲いかかる。


 まさか体内に鉄片や釘を大量に備えている

 とはな、さすがに完全な想定外だ。


 俺は全身を鉄片や釘が貫くのを感じた。

 おそらくハリネズミのような様相になっているはずだ。


 そして、爆風の熱と鉄片、釘が俺の体の傷つけてはいけない

 部分、頸動脈を掠める。


 体の全身から大量の血が――命がこぼれ落ちていくのを感じた。

 ……これが死。ははっ……、懐かしい感覚だ。




「よかっ、た……。助けられ、た」




 俺は、失いかける意識を奮い立たせ、

 後ろを振り返りリルルを見る。


 爆風や鉄片などによるケガはない。

 リルルは俺の顔を見て今にも

 泣きそうな顔をしていた。



 リルルの無事な姿を見て安心したせいか、

 体から力が抜け、俺はそこで意識を失った。

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