面会

 起訴の3日後、私は渡辺弁護士のご協力をいただいて、拘置所の横山に面会することができた。


 拘置所での面会は、30分と限られている。私は聞きたいことを箇条書きにしたメモを用意していたのだが、本人を目の前にするとさらにいろいろ聞いてみたいことが湧いてきて、メモはほとんど無駄になった。


 穴の開いたアクリル板の前に座って待っていると、向こう側の白い扉が開いて、帽子をかぶった拘置所の職員に続いて、身長190センチに近い短髪の男が出てきた。報道された写真で見るよりも若く見え、頭は正方形に近いような、横長の角ばった顔をしている。


「初めまして、本日はありがとうございます。よろしくお願いします」私は立って一礼した。


 横山も深く頭を下げた。

「渡辺先生から伺ってます。今回の事件を取材されてるそうですね」


「ええ。そうです。私のほかには、記者とかジャーナリストとかいう人が、面会を求めて来てはないんですか?」


「何件か話は来ましたが、すべてお断りしています。世間で僕がどのように言われているか、報道で知ってますから」横山は少し目を伏せた。


 余談になるかもしれないが、面会に当たって私は横山に敬語で接すると決めていた。年齢は私のほうが一回り以上年上だが、初対面であるし、いかに容疑者といえど有罪判決が確定するまでは無罪と推定して扱われるべきで、お互いひとりの立派な成人として言葉を交わすのが相当だと考えていた。


「拘置所での生活は、いかがですか? 不便なことはありませんか?」

 わたしがそう問うと、横山は苦笑して、まるでいたずらが見つかった少年のような笑顔になった。


「いえ、まあお恥ずかしい話、これで逮捕されるのは3回目になりますから、慣れていると言えば慣れてるんです」

 私はつい、横山に逮捕歴服役歴があることを失念していた。私も苦笑するしかなかった。


「事件のあらましは、渡辺先生に聞いています。もう一度、確認しますが、あなたは本当に事件当日、ご自分の意志で合成麻薬は服用していないんですね?」


「ええ、そうです。断言します」


「前回の逮捕、出所からは一度も薬物には手を出してないんですか?」


「仮に手を出してたとしても、イエスとは言えませんよ」横山は振り向いて、うしろに控えている拘置所職員のほうをちらと見た。「でも、本当に決して一度もやってません」


「殺人罪で起訴となりましたが、それに関しては、どのようにお思いでしょうか?」


 横山は少し口を開けたまま、天井のほうへ視線を舞わせた。

 そして、私の目を凝視した。


「たぶん……、というか、おそらく死刑が求刑されるでしょうけど、僕はそれも当然だと思ってるんです」


「え? どういうことですか?」

 横山の言葉は意外だった。まさか無罪を訴える者が、「死刑求刑されるのが当然」とは。


「僕が運転する車が、4人のお子さんを殺してしまったのは、事実です。それは間違いないです。ご遺族のお気持ちは理解できます。僕を殺して気がすむなら、ぜひそうしていただきたいと思っています。たぶん、僕も同じ立場になったら、加害者の死刑を望むと思います。でも……」


 私は次の言葉を待った。私の腕にはめていた機械式時計が秒を刻む音が聞こえてくるほどに、静かになった。


「殺人犯との汚名を着たまま、殺されるのだけはイヤです。僕は人殺しではないです。それはぜったいに譲れません。だから僕は、無罪を主張するしかないんです。遺族の方が、僕を殺したいと発言していることも、知っています。裁判で無罪判決が出て釈放されたなら、僕は自ら、ご遺族のもとに出向いて、この身を気のすむようにしていただきたいと思ってます」


 それを聞くと、私のほうが絶句してしまった。

 私は話題を変えることにした。


「ご家族の方は、面会に来られないんですか?」


「いえ、父母や弟には、前のクスリのときにすでに縁を切られてますから……。今回の事件のことも知っているとは思いますが、連絡はありません。まことに、我ながら親不孝をしたもんです。たしかに僕はどうしようもないクズです。生きる資格はないと思います」


「そんなことを言っちゃ、ダメですよ。渡辺弁護士は今も一生懸命、あなたの名誉を回復するために日々がんばっていらっしゃるんだから」


「……そうですね」と横山は小さく言った。


「先生は、どうにかして、あなたにカフェインと称する薬物を飲ませた人物を発見できないか、全国の運送会社に電話をかけて聞いて回っているそうですよ」


 しかし、その人物の発見は難しいだろうというのが私の本音だ。パーキングエリアに防犯カメラはあったものの、広い駐車場や喫煙所は映り込んでおらず、手がかりは横山の見たドライバーの姿かたちと、行き先が北海道だったということ以外、何もない。それに、違法な薬物を所持していたと自分から名乗り出る者はいないだろう。


 私は横山に、最初に薬物に手を出したきっかけや、出所後の来し方などを尋ねた。すでに書いたように、ガソリンスタンドで働きながら、時給アップのために危険物取扱者乙4類の資格を取得し、その後に大型自動車免許を取るために教習所に通った。


 今の運送会社に就職したのは4年前で、面接の際に社長には自分に前科があることを正直に告げている。


 あっという間に、面会時間は終了となった。

「今日は本当にありがとうございました。できれば、また来て横山さんの話をもっと伺いたいと思いました。何か、差し入れでほしいものは有りますか?」


「ご迷惑でなければ、チョコレートをお願いします」

 横山は椅子から立ち上がると、アクリル板の向こうで深く頭を下げた。


 冒頭、私は「みずからの価値判断は極力避けたい」と書いた。ここまではそれに努めてきたつもりだが、ここに至って、ひとつだけ私の受けた印象を書くことをお許し願いたい。


 横山に面会して、私は彼は決して嘘を吐いていないと思った。おそらく、パーキングエリアで錠剤をもらい、図らずも合成麻薬を摂取してしまったというのは、事実だろう。

 その上で、彼に刑法39条が適用されて無罪となるべきか、あるいは減刑されるべきかは、私には判断できない。


 しかし、その1か月後、横山は事故発生時に心神喪失状態であったという自分の主張を撤回することになった。

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