事件発生

 事件が発生したのは、201X年1月28日、月曜日の朝だった。

 午前7時半ころ、Y市の片側三車線国道バイパス道路の歩道を集団登校している児童の列に、大型トラックが突っ込んだ。


 トラックはそのまま道路わきの田んぼに進入し、20メートルほど離れたところに横転して停まった。


 トラックは並んでいた集団登校の列の前部に接触し、合計4人の児童の生命が失われた。

 亡くなったのは、小学校1年の双子の姉妹と、小学校3年の男児、それと登校班の班長で一番前を歩いていた小学校6年の女児。


 児童らの実名は記さないが、双子の姉妹については親権者の許可を受けたうえで、氏名を記す。姉の浜野一花ちゃんと、妹の浜野両花ちゃん。たいへん仲の良い、7才の姉妹だった。


 当日、事件を目撃した近隣住民の60代男性に話を聞くことができた。


「外でね、いきなり大きな鉄板が落ちたみたいな音がしたから、急いで表に出てみたら、田んぼの向こうにトラックが転がっててね。歩道と車道のあいだには街路樹が植わってたんだけど、30センチはあろうかというクスノキが何本も折れて、歩道のあたりに転がってた。急いで駆け寄ってみると、座り込んで泣いている子供もいれば、目の焦点が合わずに呆然と立ち尽くしてる子供もいたよ。……それと、思い出すのもおぞましいけど、田んぼの手前には制服のスカートを履いてはいるけど、胸のあたりより上がちぎれて肋骨が見えた状態になった何かがあった。えぐれて表に見えている心臓がまだ、痙攣するように鼓動を打っていた。それが女の子の遺体であると、しばらく気づかなかったよ」


「そのときは、何人がはねられたか、わかりましたか?」と私は尋ねた。


「いや、最初はてっきり犠牲者はひとりだけだと思ってたよ。でも、すぐにトラックの少し手前にもうひとり転がってるのが見えてね。その子はほかの子より身体が大きかったから、今から思えばあれが6年生の子だったんじゃないかな」


「その後、警察に通報したんですか?」


「いや、私はそのまま家から手ぶらで家から出てきてたので、携帯電話は持ってなかったんだ。後から来た車が道路わきに停車して運転手が、たぶん事故の野次馬みたいな気分だと思うけど、降りてきたので、その人にすぐに警察に通報するように頼んで、私はとにかく子供らを落ち着かせて、無惨な遺体を見せないようにした。幼い顔立ちのわりには身長の高い男の子に、『班は何人なの?』と聞いてみたものの、心ここにあらずという感じで、『わかりません』と答えてた」


 私も事故の1か月後に現場を見に行ったが、たしかにそこの一角だけ、街路樹が数本、歯が抜けたように欠けていた。道路の歩道と田んぼとは1メートルほど高さの差があり、田んぼのほうが低くなっている。1月だったので作物は植えておらず、水分を含んでいない地面はそこそこ固くなっていた。

 歩道には花束がたくさん添えられていた。




 事故後15分も経たないうちに、通報を受けた警察と救急がやってきた。亡くなった4名はほぼ即死で、救急隊はストレッチャーに激しく損傷した児童の身体を乗せて運んだ。集団登校の班はほかに5名の児童がいたが、亡くなった4名以外はみな外傷を負うことはなかった。


 警察は横転しているトラックに駆け寄り、運転席のドアを開けた。膨らんでいるエアバッグに埋もれるように、運転手が倒れている。意識は失っていたが、無事なようだった。


 呼びかけると運転手は目を覚まし、自分でトラックのドアから出てきた。


 警察官は詳しい事情を聴こうとしたが、運転手は立ち尽くしたまま、ヘラヘラと笑っていた。

 いくら声を掛けても笑うばかりで何も答えないため、ひょっとして事故のショックで精神に異状を来したのではないかと思ってると、運転手は勝手に歩き出し、そのまま逃亡するかもしれないので、警察官は運転手を取り押さえようとした。すると、運転手は振り向きざまに警察官の顔を殴った。


 すぐにほかの警察官が駆け寄り、運転手をその場に押さえ込んで、公務執行妨害の現行犯で逮捕した。


 所持していた免許証から、容疑者は横山辰馬、31歳と判明。


 パトカーの後部座席に押し込み、事情を聴こうとしたようだが、横山はシートに座ると昏倒したように意識を失った。呼吸はしているので生命の心配はなかったが、1時間以上経っても目を覚まさないために、事故の現場での検証は後日に行うこととして、警察署に連行した。


 警察署に着いても横山は目を覚まさず、とりあえず留置所の布団の中に寝かされた。




 昼過ぎになりようやく意識を取り戻した横山は、ひどく混乱しているようすで、しばらく留置所のなかで大きなわめき声をあげていた。現場の取り調べをしていた警察官が来て事情を説明し落ち着かせ、「お前は事故を起こした容疑者である」ということを告げた。


 その時間帯にはすでに病院に運ばれた被害者の死亡が確認されており、そのことも横山には知らされた。


 取り調べ室に連れていかれた横山は、自分が死亡事故を起こしたということをまったく認めようとせず、「何かの間違いだ、俺は何にもやってない」と繰り返した。


 取り調べに当たっていた刑事に、警察庁のデータベースからとある情報がもたらされた。


 横山辰馬は過去、二十代前半のころに二回、逮捕されており、二回目の逮捕では懲役2年の実刑判決を下されていた。当然刑務所に服役し、6年前に満期出所している。


 罪状は二回とも、覚醒剤所持及び使用だった。


 すぐに横山の尿検査が実施された。尿からは合成麻薬の成分が検出された。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る