Another end:続く日常 -Tomorrow-
2月1日。結局、世界が終わることはなかった。
奇病の発症例はあの日を境になくなった。地を這うゾンビたちも、空から人を襲う天使たちも消えてしまった。まるで最初から存在しなかったかのように。
なぜそんな風になったのか、ただの一般人に過ぎない僕には説明できるはずもない。
ただ、僕らの目の前にあったのは、これからも「日常」は続いていくという現実だけ。終局が来なくても、あの日までに失われたものが、帰ってくるわけじゃない。
明日へ進み、これからも生きていくためには、ただ前へ進むしかない。
僕、宇佐義彦も例外じゃない。
たとえ世界が続いても、もう僕に以前の居場所はない。
明日の仕事は?住む家は?
荒れ果てたこの行人坂市で、この世界でどう生きていく?
そんなことを考えながら、僕は行動を共にしていたクミちゃんを病院に送り届けた。クミちゃんの天使症は、治療によっていい方向に向かっていたとはいえ、まだ完全に終わったわけじゃない。僕にできるのは、信頼できるお医者さんにクミちゃんを任せて、その回復を信じることだけだ。
ご両親も御子神さんもいない今、僕は保護者の代理として、彼女の再入院に必要な手続きをとるため、可能な限りのことはした。
そして「必ずお見舞いに行くから」と約束して、僕はクミちゃんと別れた。
「宇佐くん。君……宇佐君じゃないか?」
病院を後にしようとしたその時、聞き覚えのある声が僕を呼び止めた。
行人坂市内の放課後等デイサービス「ネクサス」のスタッフ、川久保さんだった。川久保さんとは以前から仕事上で接点があり、グリーンウッドの経営が傾いていく中で、施設を超えていろいろと助言や直接的な協力もしてもらった。
「川久保さん」
「よかった。無事だったんだね」
川久保さんと最後に話したのは、1月も半ばのことだ。
その頃は、まだグリーンウッドはかろうじて施設としての体を保っていたが、混乱が激しくなる中で、連絡は取れなくなってしまった。
僕は、あれから自分とグリーンウッドに起こったことを残らず川久保さんに話した。
あの日のことは、話すだけでもつらい。ある意味、自分が死んだ日でもあるから。
ところどころ言葉に詰まりながら、聞きづらい話を川久保さんは真剣に聞いてくれた。そして、僕にある提案をしてくれた。
「宇佐くん。僕と一緒に働かないか?」
荒れ果てていようといまいと、子供たちには居場所が必要だ。
そして、大人たちは、復興に向けて働いていく必要がある。大人のいない時間、彼らの居場所を作る仕事は、今まで以上に求められてくるだろう。
川久保さんもネクサスをこの混乱で失っていたが、軒並み壊滅状態の各施設の生き残りスタッフを集めて、新しい施設をスタートするつもりなのだという。
新しい施設の名前は「ノア」。
どこかで聞いたような名前だけど……今は、もっと明るい言葉に聞こえた。
「世界の終わりを超えて新しい未来を目指すには、ふさわしい名前じゃないかな」
そういってさわやかに笑う川久保さんの姿を見て、僕は自分の往く道を心に決めた。
あの日、誓ったことを貫き通す。
僕は最後まで、みんなのウサギ先生でいるということを。
それからの2か月は、じつにあわただしかった。
人口自体が大幅に減ってはいたが、それでも支援の必要な子供たちはいた。
僕らは彼らを受け入れ、そして、今まで通り、手探りで関係を築き、信頼を得ていった。最初はぎこちない関係だった子とも、今ではスムーズにやり取りできるようになっている。その頃には、何かと都合が悪くなった結果、病院から足が遠のき、当初はちゃんと行けていたクミちゃんのお見舞いにも行けなくなっていた。
春の足音が聞こえてくる。あの木の桜が本格的に咲くまでには、もう一度、彼女の顔を見に行こう……そんなことを思いながら、休憩時間にSNSを覗くと、ふと懐かしい名前の人物が投稿した呟きを見かけた。
「河川敷でパーティ…」
1月31日、世界が壊れるはずだった日の前日、縁あってSNSでつながり、終局の混乱を生きてきた人たちが集まって実現した河川敷パーティをまたやろうというのだ。
きっといろいろな人に届くのだろう。懐かしい顔にも会えるに違いない。
つらい日々だったけど、時々、あの日々が懐かしくなることもある。もう一度、みんなに会いたくなっていた。
僕は彼のつぶやきにこう返信した。
「参加したいです!家にニンジンがたくさんあるので持っていくよ!」
小さなウサギの物語(LARPイベント「終局世界物語」二次創作) @dd-slayer
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