Chapter 6 教師と少年 - Teacher and boy-

一期一会橋で僕を待っていたのは、書き込みの主ではなかった。


良木幸司。それが彼の名前だった。


教師である良木さんは、終局を前にして、教壇に立つ自分の在り方に悩んでいた。


僕は「先生」なんて呼ばれているが、別に教員免許もこれといった資格もない。


そんな人間が、本物の「先生」にえらそうに意見するなんて、今思えば恥ずかしいことだけど、それでも、僕は良木さんに何かを伝えたかった。


子供を相手にする仕事をしている者として、自分に伝えられることを。


良木さんの何かに役に立てたのかはわからない。


そして、この夜、僕が書き込みの主と会うことはなかった。


だが、掲示板には、彼がグリーンウッドに来ていたらしいことが書き込まれていた。


どうやら、すれ違っていたらしい。


僕は、いつでも彼に参考書を渡せるようにひとまとめにしておくことを伝えた。


出会いは、すぐ翌日にやってきた。


その日、僕はグリーンウッドに出勤して、いつも通りの仕事に取り組んでいた。


夜、勤務を終えようとしていた頃に、ドアを開く音がする。


お客さんかな?保護者さんにしても、こんな時間に来ることはほぼありえない。


物盗りだろうか?こんな貧乏な施設に来ても、何もないぞ……一瞬の緊張。


仕事をしていた事務室から顔を出すと、そこには、一人の少年がいた。


初めて見る顔だった。しかし、僕には彼が誰なのか、なんとなくわかっていた。


「もしかして――海里くん?」


正解だった。彼が掲示板に参考書の書き込みをした主、海里くんだった。


おとなしくて、真面目そうな少年、それが海里くんの第一印象だった。


僕はさっそく、海里くんに約束通り参考書を渡した。


一心に参考書を読み進めていく海里くん。


でも、海里くんは僕の想像とは違うところに注目していた。


それは、元の持ち主だった子たちの書き込みだった。


海里くんは、そうやって、その持ち主がどんなことを考えていたのかを知りたがっていた。自分と同じ年代の子が、何を考えていたのかを。


人がどんどんいなくなっているのは、もちろんこのグリーンウッドだけじゃない。


世間のどこでも起きていることだ。それは、海里くんの学校でも同じことだった。


目の前の終局が、海里くんのそんな行動の原動力になっていた。


僕は嬉しかった。


どんな形でも、そうやって誰かの役に立てることは、参考書にとっても、本来の持ち主である子供たちにとっても、嬉しいことだろうと思えたからだ。


僕から伝えたかったのは「大切にしてあげてね」という一言だった。


その夜は、参考書を受け取った彼を見送って終わった。


でも、これで終わりではなかった。


海里くんとの縁は、新しい人との出会い、そして、僕の終わりにも大きな影響を与えることになる。しかし、この時の僕は、まだそれを知る由もなかった。














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