Chapter20 終局の日 -Last day-
2月1日。ついに、終局の日がやってきた。
僕は、掲示板で見かけた、終局に関して知っているという「博士」を見つけ出して、彼からなぜ世界がこうなったのかを聞くつもりだった。
そう表明した前夜、御子神さんは、蓮川という男を追いかけると僕に教えてくれた。
蓮川という男が誰なのかはわからない。
ただ、御子神さんはこの男を「危ない人」と表現していた。
終末教には、おかしな連中が集まっていることは噂などで知っていた。
でも、噂ではなく、終末教の中心にいる彼女が「危ない」というのなら、その危なさはきっと僕では想像もつかないほどのものなのだろう。
それでも、御子神さんには、クミちゃんがいる。
「あなたに何かあれば、クミちゃんが悲しむことになる。それを忘れないでほしい」
そう伝えた。
この時の僕は、御子神さんに待つ運命を知る由もなかった。
僕がこの日、最初に会ったのは、赤頭くんだった。
終局まであと数時間。市役所からの放送が響く。
あの日、河川敷ではじめて顔を見かけた人たちもいた。
みんなどこかに緊張した思いがあった。誰にとっても、今日という日が最後なのだ。
それほど間をおかずに僕たちは海里くんと出会う。
隣には、昨日、海里くんと結婚した紫叢さんもいた。
あまり記憶がハッキリとしないけど、あの後、2人は無事に家に帰ったようだ。
僕は、彼ら3人と行動を共にすることになった。
町中には、ゾンビがあふれ、天使が次々と現れ、僕たちの行く手を塞ぐ。
いや、行く手などどこにあるのだろう。
それでも、終局を待たずしてゾンビや天使の手にかかって死にたくはない。
いろいろな人が、銃や刃物を持って戦った。
赤頭くんもバットを振るって勇敢に戦った。
そんな中で、大人であるはずの僕は、何もできずにただ逃げまどうだけだった。
御子神さんにも会った。だが、彼女はすぐにどこかへと行ってしまった。
怪しげな男たちが、彼女の周りをうろついていた。
何か恐ろしいことを唱えて、銃を撃ちまくる男も。
御子神さんの言う「危ない」ヤツは蓮川という男だけじゃなかったのか?
考えている暇などなかった。
彼らのゾンビや天使にも負けない悪意は、僕にも容赦なく向けられた。
でも、すぐにその恐怖も吹き飛ぶような出来事が目の前で起きた。
紫叢さんの天使化だ。
彼女の唯一の肉親であるおばあさんが亡くなった。
海里くんの愛は届いたはずだった。それでも、彼女の天使化は止まらない。
引き金は引かれてしまったのだ。
次の瞬間、僕たちの目の前にいたのは紫叢紫璃という少女ではなく、彼女と同じ姿をした一体の天使だった。
赤頭くんはそんな場面でも勇敢だった。
「先輩の大切な人に、先輩を殺させはしない!」
それが彼の信念だった。河原で会った時の悲壮な少年は、もうそこにはいなかった。
だが、新たな天使まで現れて、状況はさらに混乱した。
海里くんはお腹の中の子供を殺せば、紫叢さんだった天使を止められると考えて、銃で天使を撃った。だが、効果はなかった。
お腹の子ではなく、すでに彼女自身が天使である以上、ただの銃弾で止められない。
赤頭くんは頭に傷を負い、海里くんも疲れ果てていた。
一緒に戦ってくれた人たちも、2体の天使を相手に無傷ではなかった。
あの場面で、すべてが終わると思った。
たしかにすべては終わった。しかし、それは最も実現してほしくない形で。
赤頭くんが死んだ。
紫叢さんだった天使に抱きしめられ、海里くんの銃でもろともに撃たれて。
紫叢さんだった天使は、すでにたくさんの攻撃を受けて傷ついていた。
海里くんの銃弾が、そのとどめになった。
反転病に侵されていた赤頭くんの体は、生前のまま残された。
彼は幸せだったのだろうか。わからない。でも、その顔はとても安らかだった。
一番つらかったのは海里くんだろう。大切な後輩と愛する人を一度に失った。
僕に言えることは何もなかった。
ただ、海里くんが2人の遺体を埋葬しに向かう背中を見送ることしかできなかった。
何も語らなかったけど、その背中が、僕にはひどく寂しいものに見えた。
僕の手元には、赤頭くんの使ったバットだけが残された。
でも、何を守って戦えばいいのだろう?
海里くんは僕の力なんて必要ないだろう。ほかの人たちは言うまでもない。
もう死んでもいいような気がした。それでも、身体は正直だった。
目の前に天使が現れた時は、必死に逃げた。
藤岡さんが僕を見つけ出して、ほかの人たちがたどり着いていた博士のいる研究室まで案内してくれなければ、あのまま僕は死んでいただろう。
でも、赤頭くんたちの最期が目に焼き付いて離れない。
ほんの少し前まで、2人は生きていたのに。生きようとしていたのに。
聞くつもりだった博士の言葉は、半分も頭に入ってこなかった。
そんな僕の心を、現実に引き戻してくれた声があった。
「ウサギさん、ウーサギさん」
忘れるはずがない。クミちゃんだ。でも、なんで?
いや、この際、理由なんてどうでもいい。
大人ですら恐がるほどの恐ろしい空間をこの子は一人で潜り抜けてきたのだ。
それは並大抵のことじゃない。
この子を守らなければ。僕には、もう一度立ち上がる理由ができた。
クミちゃんは、御子神さんを探しに来たのだという。
僕も御子神さんの姿はほんの一度しか見ていない。今、一体どこにいるのか。
クミちゃんだけじゃない。僕自身も彼女に会いたかった。
あちこちを探し回った。でも、手がかりは少しもつかめない。
それどころか、ゾンビや天使に襲われて、クミちゃんを怖がらせてしまった。
市役所の職員だという人の手も借りて、僕たちは何とか研究室まで戻った。
すでに博士の話の大半は終わっていた。
博士は生存者に2つの道を示していたのだ。
滅びを受け入れ、この世界で死ぬか、それとも、肉体を捨て電脳世界「NOA」に脱出するか。
僕たちにもすぐにその2択が迫られた。
それでも、クミちゃんはその2択よりも御子神さんの行方だけを気にしていた。
僕は、mutterで御子神さんに連絡を取ろうとした。でも、彼女のアカウントは消えていた。藤岡さんは、mutterがその人の生体情報と紐づいているから、死んだわけじゃなく、どこかで意識を失って倒れているのかもしれないと言ってくれたが……
僕は、彼女と繋がりのある人々に向けて、彼女の行方を尋ねた。
でも、彼らから返答が戻ってくるのを待つより先に、ある人から信じがたい事実を突きつけられる。
――――御子神さんが、死んだ。
そんな。なんで。なんであの人が。信じられない。嘘だ。そんなはずない。
なんであんなに優しくて、あんなに暖かな人が、死ななければならないんだ。
僕の脳裏には、御子神さんのいろいろな表情が浮かんでは消えていった。
もうあの人に会えないなんて。もう、あの笑顔が見られないなんて。
ほんのわずかだったけど、たくさんの思い出がよみがえる。
そのどれもを手放したくなくて、必死につかもうと僕は頭の中でもがいた。でも、そ御子神さんの表情は悲しげだった。
クミちゃん―――そうだ。僕の役目は、あなたを悼んで立ち止まることじゃない。
あなたがいない今、この子を守れるのは、僕だけなんだ。
いや、義務じゃない。この子を守りたい。それが僕の人生で最後の願いだった。
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