Chapter14 天使化症候群 -Angelic syndrome-
すべてが壊れたあの日のことを語る前に、一つだけ話しておきたいことがある。
天使症候群のことだ。
それは、終局宣言後、この世界に蔓延した奇病の一種である。
そして、すでに一度壊れた僕の家族を完全に破壊した忌まわしい病気だ。
あの日のことは、今でも夢に見る。
突然現れた父が、目の前で僕の母を殺した。20年も前に離婚した母を。
父は、母をずっと愛していたのだろうか?
酒浸りで、母と顔を合わせれば口ケンカしかしていなかったような父が……
何もかもわからなかった。
そして、僕には何もわからないまま、父は翼を得て空に消えていった。
父がどうなったかはわからない。もう知りたいとも思わない。
それでも、天使症と僕はよほど縁があるらしい。
僕は、この忌まわしい奇病ともう一度向き合うことになる―――――
避難所で御子神さんと出会って数日。
僕は、グリーンウッドの子供たちの送迎の途中で、不思議な集会を目撃した。
終末教。存在自体は知っていた。
終局宣言以来、不安を抱えて生きる人々のよりどころとなっている新興宗教だ。
僕が出くわしたのは、その教主である「御子神様」の言葉を信者たちが聞く集会だった。そう、御子神様……彼女のことだ。もっとも、その日が来るまで、僕は彼女が終末教と関係があるなんて、少しも知りはしなかった。
だからこそ、彼女が人混みをかきわけて目の前に現れた時には、大いに驚かされた。
しかし、僕がそれ以上に驚いたのは、彼女から知らされた事実だった。
クミちゃん。あの避難所で僕と遊んだ女の子が、天使症候群にかかった―――――
天使症候群の患者は、不思議な声を聞くと言う。
人によってさまざまな表現があるが、クミちゃんはその声の主を「神様」と呼んだ。
天使になった僕の父も、不思議なことに「神の声を聞いた」といっていた。
その不気味な符号に、僕は背筋が凍りつく思いだった。
この奇病の最終段階で、患者は自分にとって大切な人を殺し、天使の翼を得る。
僕はクミちゃんとも御子神さんとも、避難所で出会う以前のことは知らない。
でも、二人の結びつきの強さは、初対面でも十分に感じ取れた。
クミちゃんはすでに両親を失っている。
なら、天使になったクミちゃんが手をかけるのは―――いや、ありえない。
そんなはずはない。
その日、僕は御子神さんと一緒に避難所に向かったが、遠目から見ただけで避難所内には入ることなく、自宅に帰った。
また、僕の目の前に現れたのか―――
奇病に形があって、僕にどうにかできる力があるなら、僕は天使症を絶対に許さない。でも、奇病に形などないし、そんな力なんて僕にはありはしない。
御子神さんは、同じ時期、掲示板に現れた「博士」という正体不明の人物と連絡を取って、天使化症の抑制剤を手に入れようとしていた。
僕は……無力だけど、無力なままで終わりたくはなかった。
自分にできることはしたつもりだ。掲示板で情報を募った。天使化を克服することはできなくても、せめて、終局の日まで、症状を抑えることができたなら……そのための情報を。
正しいことだったのかはわからない。でも、このまま黙って、大切な人―――そう、二人が壊れていく姿を観たくはなかった。
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