Chapter11 彼女の名前は -Her name is…-

僕の世界は狭くて小さい。


でも、その世界は幸せな世界だ。


グリーンウッドに来られる子供たちは、この世界では幸運な部類に入る。


なぜなら、帰る家があるから。


終局の混乱の中で、帰る家を失い、あるいは家族を失った人々は、大学などの学校を中心として各地に開設された避難所にたくさんの人が避難していた。


学生ボランティアが中心になって運営されている避難所もあるという。


たくさんの噂も聞こえてくる。決してたやすい仕事ではないだろうと思う。


僕らも決して対岸の火事ではない。彼らをかわいそうと憐れむことはできない。


彼らは明日の僕らかもしれないのだ。


明日には、僕ら自身が家も家族も、何もかも失うかもしれない。


現に、カンちゃんがそうだった。


帰る家はあっても、そこに両親の姿はない。


下を向くことと足元への注意をおろそかにしないことは違う。


前を向いて生きると決めても、それだけは忘れてはならなかった。


そんな日々の中で、僕に新たな出会いが待っていた。


カンちゃんの見守りを先輩に託して自宅に帰ろうとしたある夜、とある学校に開設された避難所に、彼女は……御子神裕子さんはいた。


彼女がどんな背景を持っていたのか、その時は何も知らなかった。理解したのは、避難所のボランティアという彼女の立場だけだった。


眠れずに彼女の下にやってきた少女……クミちゃんが、この出会いを作ってくれた。


仕事に追われる御子神さんのそばをクミちゃんは離れようとしない。


僕は二人に近づいた。


驚かせたと思う。無理もない。知らない男がいきなり目の前に現れたんだから。


ただ、彼女の役に立てるという確信だけが僕の体を動かした。


グリーンウッド以外で子供の相手をしたのははじめてだったけど、クミちゃんと仲良くなるのにそれほどの時間は必要なかった。


定番の「ウサギ」ネタが、僕とクミちゃんの距離を一気に近づけた。


気が付くと長い時間が経っていて、遊び疲れたクミちゃんは僕の腕の中で眠っていた。


それから、仕事を終えた御子神さんとクミちゃんを抱えたままいろいろな話をした。


彼女がmutterで僕を知っていたこと、クミちゃんが両親を失った孤児であること……


そして、御子神さんが学童保育を本業としていることだった。


御子神さんの勤め先も、職員の数が減ったり、色々な問題が起きているという。


そんな話の中で、いつかお互いの施設の交流の機会を持ちたいという話が出た。


こういう状況だからこそ、意味のあることだと思った。


前向きに進めていこうと思うと答えた時の彼女の表情が忘れられない。


恋というものを知らずに30年生きてきた僕だけど、今思えば、あの瞬間、彼女に感じていたものは、まぎれもない「恋」だった。


結果として、終局までにその約束が果たされることはなかった。


でも、あの夜の出会いがなければ、僕の終局は全く違ったものになっていただろう。


たとえ世界が終わっても、僕はこの出会いを永遠に忘れない。





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