四、 むらさき


 私は自分の筆の赴くままにたくさんの物語を書いた。非現実的なロマンスよりも、どこかで存在していそうな、醜くて、愚かな人間模様を描いた。

 登場人物はみんな我儘で、身勝手で、嫉妬深く、他人の迷惑を顧みない。

 私の書いた物語は、たくさんの人に評価され、国の最も偉い人にさえ褒めてもらえるほどのものになった。


 でもそれはきっと私が、私自身が決してそうなることのできなかった人物像を描いたからに違いない。

 私だけではなく、あらゆる人が、物語の人物たちのように心のまま振る舞いたくて、そうはできないでいるのだろう。

 

 社会や、常識や、通念に、あるいは、性別に縛られて。手放せなかった理想は、ずっと枕元にしまっておきたいものだから。


 ずっと、手元においておきたいものだから。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る