第15話 メタルを聴く彼女
「そういえばあなた、お金は持ってるの?」
駅のほうへ向かいながら、彼女が僕に質問してくる。
これから僕の服を買うみたいなので、今の手持ちがどれくらいか気になったのだろう。
「うん、財布には3万円くらいあるよ。足りないなら下ろすけど」
「十分よ、高い服を買おうってわけじゃないから」
それから僕たちは駅前の某有名量販店に行き、彼女が指定した服をかたっぱしから試着して、というかさせられて、最終的には上下2着ずつの服を購入した。
僕としてはサイズが書いてあるのになんでわざわざ試着するのか疑問だったけれど、彼女に言わせれば「実際に着てみないと分からないじゃない」とのことだった。まあ、そういうものなのか。
僕は、せっかく駅前まで来たのだからそのまま占いのお店に行こうと提案した。
でも、彼女は早く家に帰って僕を着替えさせたいみたいだ。
いくら僕がださださでも、別に、君と一緒にいるのを誰かに見られるわけでもないのに。
おとなしく、今日のところは家に帰ることにした。
帰りがけにバイト先のコンビニに寄り、夕飯と夜食になりそうなものを買う。
レジをしてくれたオーナーの奥さんは、僕の髪型にとても驚いていた。
そういえば、髪を切ったんだっけ、と思い出す。
時刻は夕方。
今日はもう、占いの店には行けないな。
傍目には一人きり、でも実際には二人で並んで歩く。
まだ出会ってから24時間も経っていないのに、彼女が隣にいることへの違和感もあまり感じない。
人は環境に適応する生き物だって言うけれど、僕の適応力はそれなりに高いのかもしれない。
それとも彼女が、こんな性格だからだろうか。
「占いのお店はまた今度でいいかな」
「構わないわ、時間はたっぷりあるもの」
「うん、次のバイトの休みの日に行ってみよう」
「そうね」
この時間帯は学校帰りの学生が多い。
僕は、目立たないように周りから人が少なくなったタイミングで彼女と会話する。
「明日から、この変なTシャツともお別れね」
「いやいや、このTシャツはね、アメリカの大御所バンドのTシャツで、コアなファンから絶大な人気があるんだよ」
「あら、そうなの、知らないわ」
「そりゃ若い女の子は知らないだろうけどさ、ほら、こういうやつ」
スマートフォンを取り出して、音楽を鳴らす。
僕の好きな『Creeping Death』という名曲だ。
「前奏が長すぎるわ」
彼女には全く響かなかったようだが、それでも黙って曲を聴いて、きちんと感想を伝えてくれた。
前奏が長い。
素人にしてはなかなか良い線をついた感想ではなかろうか。
思えば、僕の好きな音楽の話なんて、今まで誰にもしたことがなかった。
毎日勉強ばかりしてテレビ禁止だった僕の唯一の趣味が音楽を聴くことだ。
はじめのキッカケは、父が持っていた『The Beatles』のCDだった。
でも、海外のアーティストばかり好んで聴いていた僕は、同年代が聴くような歌謡曲は知らなかったし、クラスでの会話にも入れるはずもなかった。
だから同級生で、僕が音楽好きなことを知る人なんて誰もいないだろう。
それが今、まだ出会って1日も経たない相手に、それも、同年代の異性に、こんな話をしている。
なんだか不思議な気分だ。
「なによ、ぼうっとして。私が感想を言ってあげたんだからお礼くらい言いなさいよね」
言葉のキツさとは裏腹に、彼女の表情は柔らかい。
僕のことを嫌ったり、見下したり、蔑んだりしている顔ではなかった。
「あ、ありがとう。僕も前奏は長いと思うよ。でもね、そこがまたこの曲の……」
途中から彼女は話をまったく聞いてなかったけれど、アパートに到着するまで、人目も気にせず、僕のメタル談義は終わらなかった。
彼女は誰も呪わない えう @kurayaminokuro
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