第14話 上げて落とす彼女
まずい、何かおかしなことを言ってしまったか。
ふたりの反応を見て、平静を装いつつも内心で狼狽える。
「……ぷっ、あはは、村上さんって面白い人ですね」
なぜかエダさんがこらえきれずに笑い出した。
笑っているということは、僕の発言はセーフということだろうか。
「村上さんは幽霊とかが好きなんですか?私もテレビで心霊番組とかやってるとついつい見ちゃうんですよ。あれ、面白いですよね」
「は、はは、そうですね」
「もしかして村上さんは幽霊がいるって信じるタイプですか?私は見たことないですけど、いたらいいな、とは思いますよ」
さ、さすが、会話のプロ。
こちらからの脈絡もクソもない振りにもきちんと合わせてくれている。
このエダさんの優しさで作られたチャンスを機に、なんとか霊能力者までたどり着かなくては。
「い、いやあ、僕はそういうものはもちろん信じておりませんけど、バイト先の同僚が幽霊が見えるとかで周りを困らせておりまして。霊能力者を探しておるようなので、エダさんはそういうのご存知かなと思いましてですね」
う、うまい!
若干、敬語がおかしくなってしかも棒読みだったけれど、我ながら上々の切り返しではなかろうか。
自らは常識人を装い、架空の同僚に罪をなすりつけるという高等な手口だ。
「ええと、もうご存知かもしれないですけど、駅の近くに占いのお店があって、そこの人がお祓いとかもやってくれるみたいですよ。前に店長がそんな話をしていました」
なんだ、いとも簡単に重要な証言をゲットすることに成功したぞ。
でも、駅の近くに占いのお店なんてあったのか。
アパートとコンビニを往復する毎日だったので、そんなことも知らなかった。
「へえ、そうなんですか、ありがとうございます。伝えておきます、もちろん同僚に」
「いえいえ。……よし、これで完成っと。ちょっとまっててくださいね」
カットが終わったみたいで、エダさんが一旦、この場を離れる。
僕は鏡越しにこちらを冷ややかな目で見つめる彼女に、「どうだ!」と表情だけで合図を送る。
すぐにエダさんが手鏡を持ってやってきた。
「それでは、こんな感じになりますが、いかがでしょうか」
正面の大きな鏡に、エダさんの持つ手鏡が写り、それで僕の後ろ姿が確認できた。
なんというか、すごく今時の若者らしい髪型に仕上がっている。
「は、はい、ありがとうございます」
「では、こちらへどうぞ」
それから僕は支払いをして、エダさんにお礼を言い、美容室を後にした。
けっこう短く切ったので、なんとなく頭がすーすーするような変な感じだ。
「あ、あの、エダさんは幽霊を信じますか。……ぷぷっ」
彼女が僕のモノマネをしながらクスクス笑っている。
あれは僕なりのファインプレーだったはずなのだが。
まあいい、若干、腑に落ちないが次の手がかりは掴んだ。
「よし、じゃあ、このまま駅に向かおうか」
たかが美容室かもしれないが、僕にとっては小さな冒険のようだった。
手がかりも手に入れたし、気分は上々だ。
「ちょっとまちなさいよ」
彼女は僕を制止して、立ち止まらせる。
僕のまわりをぐるっと一周して、それから僕の正面に立つ。
「うん、いい感じよ。似合ってるわ。さすがは私の選んだ髪型ね」
彼女がニコッと笑う。
太陽の光で輝く彼女の笑顔に、僕は思わずドキッとしてしまった。
「じゃ行くわよ、服屋に」
「え、服屋?」
僕はてっきりこの勢いで占いのお店に行くものだと思っていた。
「当たり前じゃない。その変な英語の書かれたTシャツは即刻ゴミ箱行きよ」
僕の着ている『METALLICA』Tシャツを指差しながら彼女が言う。
渾身の勝負服を罵倒され、僕の気分はプラマイゼロにあっさりとリセットされたのだった。
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