第13話 後ろで見守る彼女
「やっぱり、やめよう」
ここは住宅街の一角にあるひときわおしゃれな建物の前。
予約を入れた美容室シエルを目前にして、僕は怖気づいてしまった。
ガラス張りの店内。
中には、モデルのような若い女性スタッフたち。
店内に数人いる客も、すべて女性で、小綺麗な格好をしている。
この中に僕のような人間が突入するのは、あまりにも無謀ではなかろうか。
「ここまで来ておいて、何を言い出すのよ」
「いやあ、でも、なんか」
高校を卒業するまで僕が母に連れられ通っていた美容室は、もっと『パーマ屋さん』という感じで、何ともいえない独特の香りがして、髪を切ってくれる人は母親よりも年上だった。
それと比べてしまうと、この店は高尚すぎる。
きっと僕みたいな髪ぼさぼさの男子には入店資格すら与えられないだろう。
もし追い返されたらどうしよう。
「ほら、さっさと入りなさいよ。もう中から美容師さんたちもあなたのこと見てるわよ」
「う、うん、そうだよね」
僕の後悔をよそに、彼女は入店をせかしてくる。
確かに、店内で何人かの美容師がこちらをチラチラ気にしているような気がする。
もうここまできたら引き返せない。
僕は覚悟を決めて扉を開けた。
「いらっしゃいませ、シエルへようこそ」
すぐにスタッフの女の子がやってきて、名前を告げると僕を席まで案内してくれた。
大きな鏡に映った自分の姿を見ると、なるほど、これはなさけない。
彼女は僕の少し後ろに立っていて、鏡越しに目が合うと、親指を立てて僕を鼓舞してくれた。
「今日はどんな髪型にしますか?」
「ええと、こんなふうに切ってほしいんですけど」
事前に、彼女に選んでもらった髪型の画像をスマホで見せる。
なんだかとても恥ずかしい。この画像のようにかっこいい男子に変身したいんですと告白しているのと同じだ。これは罰ゲームかと疑う恥ずかしさだ。
「あ、この髪型、今すごく流行ってるんです。きっと、似合うと思いますよ」
……おや?
鼻で笑われるかと思ったけれど、もしかしたら被害妄想だったのかもしれない。
僕よりも少し年上であろうショートカットの綺麗な美容師さんが、嫌な顔ひとつせずに対応してくれた。
その後、すぐにシャンプーをして、それからカットが始まった。
カット中も美容師さんがずっと僕に話かけてくれて、僕は「はい」とか「ええ」とかしか言ってない気がするけれど、とても明るい雰囲気のまま時間が過ぎていった。
美容師の名前は「エダ」さんといって、今年からカットができるようになったらしい。
美容師というのは、カットができるようになるまでしばらく修行期間みたいなのがあることも、エダさんが教えてくれた。
そういえばエダさんは美容師という職業柄、色々な人に出会っているはず。
もしかしたら、霊能力者の知り合いとかお客さんがいたりしないだろうか。
僕の頭の中に、そんなナイスアイデアがひらめいた。
しかし、ひとつ問題がある。
いきなり霊能力者の話をしたら、十中八九、おかしなやつだと思われるだろう。
うまい具合に自然な感じで話を持っていかなければならない。
それが僕にできるだろうか。いや、やるしかない。
今なら、エダさんとの会話も途切れている。
よし、最初の出だしは、これでいこう。
僕はタイミングをうかがい、切り出した。
「あ、あの、質問があるのですが、エダさんは幽霊を信じますか?」
エダさんの軽快だったハサミの音が、ピタッと止まる。
黒いワンピースの彼女が思い切り眉をひそめるのが、鏡越しに見えた。
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