第12話 髪型を選ぶ彼女

「これなんかいいんじゃないかしら」


僕のスマホを覗き込みながら、彼女が言う。

今、僕たちはインターネットで髪型の画像を検索しているのだ。

彼女の顔が、僕の顔のすぐ横にある。

この距離感に慣れるにはもう少し時間がかかりそうだ。


「う、うん、いいと思うよ、でも似合うかな」


「今よりはマシよ」


「まあ、そう言われちゃうと」


ずっとガリ勉だった僕は、ファッションというものに全く興味がない。

というよりは、何が良くて何が悪いのか全く分からない。

高校の卒業式前に、母が予約した美容室で髪を切って以来、もう半年以上も伸ばしっぱなしだ。

だから、髪型は彼女に選んでもらうことにした。


「さあ、そうと決まればさっそく予約するわよ」


調べてみると、この住宅街にも数件の美容室がある。

その中から彼女が選んだ美容室に電話をかけることにした。


「お電話ありがとうございます、シエルです」


「あ、あの、予約をお願いしたいんですけど」


「ご予約ですね、ありがとうございます。どのようなご希望ですか」


「ご希望って、その、髪を切ってほしいんですけど」


「はい、カットですね。担当者のご希望はございますか」


「あの、はじめてなんですけど」


「かしこまりました、担当はこちらで決めさせていただきます。お日にちのご希望はございますか」


「あの、今日とかって大丈夫ですか」


「はい、本日ですね。では確認いたしますので少々お待ち下さい」


受話器からメロディが流れる。

はじめて美容室に自分で電話をかけてしまった。

ちょっとドキドキしたけど、今のところ大丈夫そうだ。


「お待たせいたしました」


「あ、はい」


「本日ですと、14時からはいかがでしょうか」


「あ、はい、それでお願いします」


「ありがとうございます。それではフルネームをお願いします」


「えと、ムラカミイツキです」


「村上さまですね、それでは14時にお待ちしております」


ふう、なんとか美容室の予約を取ることに成功した。

電話をかけただけなのだが、ひと仕事終えたような気分だ。


「ふーん、あなた、イツキっていうのね」


「な、なんだよ」


「電話の声、ちょっと裏返ってなかった?」


「な、いいだろ、そんなの」


彼女が僕をからかってくる。

でも、ちょっとありがたい。

そろそろ髪の毛を切らなくてはと思っていたところだ。

自分ひとりだったらきっとどうしたらいいか分からなくてバリカンを買いに行っていただろう。

美容室の予約を取るなんて、とてもじゃないがそんな勇気はなかった。


「予約2時からだって。もうすぐ1時だし、昼食がてらすぐ出ようと思うけどいい?」


「ええ、ここにいても退屈だから私もついていくわ」


すぐに用意をして、僕は彼女と一緒に美容室へと向かった。

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