第9話 眠らない彼女

彼女の視線が若干、宙を泳いでいるようにも見える。

どうやら、次の計画は今のところ無計画らしい。


考えてみれば無理もない。

彼女はいきなり知らない世界に放り出された。

誰も自分のことを認識できない、恐ろしい世界。

不安だらけの中、ようやく会話のできる相手と出会えたのだ。

その先のことなど事前に考える余裕などなかっただろう。

明日はバイトも休みだし、一旦、仕切り直してゆっくり考えよう。


「うん、じゃあ、僕も考えるから、明日に備えて今日は早めに休もう」


そう言ってから、ひとつの問題に気付く。

寝ると言っても、僕の部屋にはベッドがひとつしかないじゃないか。


「ええと、ベッドは君が使っていいから」


幽霊とはいえ、さすがに女の子を床に寝かせて自分は悠々とベッドで寝るなんてできない。

仕方がない、今日はやっぱりネカフェに泊まろう。


「ベッドはあなたが使うといいわ」


「え、じゃ君は?」


「私は幽霊だから眠ったりしないもの」


なるほど、初耳だ。

箸も茶碗も持てないから食事はしなさそうだとは思ったが、それなら睡眠も同じことか。

きっと人間としての基本的な欲求が抜け落ちているのかもしれない。

確か食欲、性欲、睡眠欲だったかな。

それらは肉体があってはじめて成り立つものなのだろう。


「テレビだけ、つけておいてちょうだい」


「あ、うん」


ほこりをかぶったリモコンを手に取り、テレビの電源を入れる。

久しぶりだからか、安物のテレビだからか、画面が映るまでにしばらく時間がかかった。


「音は、小さくてもいいかな」


「ええ、あなたが寝てるあいだ退屈だからテレビがあると助かるわ」


テレビの音量を下げて、リモコンを置く。

彼女はベッドから立ち上がって、テレビの前でちょこんと体育座りをした。


「電気も消して大丈夫?」


「かまわないわ」


天井から垂れ下がっているヒモを引いて、豆球だけ点灯した状態にする。


「そ、それじゃあ、お、おやすみ」


「ええ」


ひとり暮らしをしてから、誰かに「おやすみ」なんて言うのははじめてだから少し緊張してしまった。

彼女はテレビのほうを向いたまま、小さく返事だけしてくれた。


ベッドの上、さっきまで彼女が座っていた部分を手でさわる。

やはり、一切の温もりを感じない。

ああ、彼女はやっぱり幽霊なんだと改めて実感する。

僕は布団を頭までかぶった。

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