第7話 住みたい彼女
「ええと、住むって、ここに?」
「そうよ、うれしいでしょう」
どうやら僕の聞き間違いではなかったようだ。
あまりにも唐突過ぎる。
彼女が今晩うちに泊まる可能性があるのは分かっていた。
もう遅い時間だったし、家に帰りたくなくて僕についてきたのも理解している。
幸い、明日はバイトも休みだ。
彼女をベッドに寝かせて、僕はネカフェに泊まればいいか、くらいに軽く考えていた。
でも彼女の要求は、僕の想定をはるかに超えたものだった。
一晩泊めて、ではなく、ここに住む、というのだから。
「うーん、それは……」
少し考える。
「……まあ、いいか」
「……え?」
彼女が驚いた表情で僕を見る。
それはそうだ。僕も許可にOKしすぎだと思う。
でも、どうせ1日泊めるなら何日泊めたって同じことだ。
それに、彼女は幽霊だから捜索願が出たり誘拐罪になることもない。
追い出したところで壁をすり抜けて部屋に入ることもできる。
見たところ、人に取り憑いて生気を吸い取るような悪霊には見えない。
「どうしたの?」
口を開いたまま固まっている彼女に話しかける。
どうやら僕の返答は、彼女にとっても想定外だったらしい。
「だって、そんなにあっさりOKするなんて」
「はは、そうだよね」
「そうよ、私だったらもう少し考えるわ」
「正直、僕もちょっと驚いてる」
とは言うものの、どうせ僕にはこの先もバイトくらいしかやることがないのだ。
断る正当な理由も、交渉する理由もない。
「なによそれ。でも私から言っておいてなんだけど、このタイミングで了承がもらえるとは思わなかったわ」
「そ、そうなんだ」
いちおう、彼女からしてもやや気後れするお願いだったようだ。
それはそうだ。一緒に住もうだなんて、初対面の異性に言うことではない。
「よかったわ、話が早くて」
「はは、ほんとによかったのかな」
「あなたを脅さなくてすんだもの」
「ああ、そういうことね」
それでもなんだか悪い気はしない。
思えば、バイト以外でこうして誰かと話をするのは久しぶりだ。
「あなたもここ座りなさいよ。なんだか私が立たせてるみたいじゃない」
彼女が自分の座っているすぐとなりを指差す。
僕のベッドなんだけど、と言おうとしたけどやっぱりやめて、おとなしく座る。
女性と隣同士で座るのは、先月、電車に乗ったとき以来だ。
はじめは女性だからと緊張していたけれど、幽霊だと分かったら、なんだか気にするのも変な気がしてきた。
彼女も、そういう性格なのか、幽霊だからなのか、距離感がやけに近い。
「そ、そういえば、まだお互い名前も知らないよね」
「それもそうね」
「ええと、じゃあ名前を聞いてもいいかな」
「ないわ」
「え?」
「だって私、記憶喪失だもの」
ああ、今度はそうきたか。
突然の押しかけ、突然のお願い、そして記憶喪失。
部屋は静寂に包まれ、遠くで鳴るサイレンの音だけが聞こえていた。
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