第5話 見えてる彼女

「どうしたの、そんな顔して」


「い、いや、それはどういう意味なのかなと思って」


「そのままの意味よ、あなた、最初から私のことが見えていたでしょう」


「見えて、って、うん、見えてるけど」


何を言っているのか分からず、僕は混乱する。

今、彼女は自分のことを幽霊と言ったのだろうか。

コンビニで彼女を止めるために外に出たとき、衝突音も急ブレーキの音も聞こえなかった。

彼女は中央分離帯から動いていなかったし、自殺は未遂に終わったはずだ。


「どうしてあなたに私の姿が見えているのか分からないけれど、他の人たちには私の姿は見えていないわ」


これは、何だ。

新手のドッキリか何かだろうか。

それとも、彼女の頭がおかしいのだろうか。

確かに、普通の人にはありえない行動を取っていたのは事実だけれど。


「なによ、私の言うことが信じられないの」


「い、いや、そういうわけではなくて、えっと、その」


「まあいいわ、だって私も驚いているもの、どうしてあなたにだけ見えるのかしら」


あくまで、その設定は崩さないまま話を続けるようだ。

とても辛いことがあるとショックで現実逃避をするというけれど、そういう類のものだったら面倒だ。


「ええっと、もう一度、いいかな」


ちょっとだけ彼女が怒ったような表情をする。

おかしなことを言っているのは彼女のほうだと思うのだけど。


「まあ、いいわ。事実確認でつまづいていたらいつまで経っても本題に入れないもの」


やれやれといった仕草をして、彼女がベッドから立ち上がる。

なんだか、僕の理解度が足りなくて彼女を困らせているみたいな雰囲気だ。


「いい、もう一度ゆっくり言うわ。私は、幽霊」


「き、君は、幽霊?」


「そう、もう死んでいるの」


「君は幽霊で、もう死んでいる?」


「そうよ、でもあなたには私の姿が見える」


「う、うん、見えてる」


「あなたは、私のことが見えたはじめての人よ」


「君が、僕のはじめての人?」


「ええ、なんかちょっとニュアンスがおかしいけど、まあいいわ、そういうことで」


どうやら、僕の聞き間違いではなさそうだ。

すぐ目の前に立つ彼女の姿をもう一度まじまじと見る。


「な、なによ」


身長は150センチくらいだろうか、小柄だ。

綺麗な黒のロングヘアー。

肩が露出するタイプの黒いワンピース。

ワンピースから露出している手足は細くて白い。

足は、ある。

身体も透けていない。

人形のような整った顔立ち。

美人というより可愛い系だ。

おでこにお札は貼られていない。

頭に白い三角の布もつけていない。

どこからどうみても、普通の人間だ。

いや、普通よりはるかにキレイな、僕と同年代の少女だ。


「ええと、つまり、僕のこと、からかってる?」


次の瞬間、彼女は僕の頬を目掛けて思い切り手のひらを振り抜いた。

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