第4話 家に来た彼女
アルバイトを終え、僕はいつものように歩いてアパートへ戻る。
住宅街のいちばん奥の区画。
そこにある木造2階建てのアパートが僕の住まいだ。
金属製の安っぽい外階段を上がった突き当りの205号室。
「ねえ、204号室はどこに消えたのかしら」
いつもと違うのは、例の彼女を連れて帰ってきたことだ。
黒いワンピース、黒のロングヘアー、細く白い手足、整った顔立ち。
僕の人生には縁がない、美しい少女。
彼女が、僕の後ろをスタスタと歩いてここまでやってきた。
「ええと、このアパートでは4という数字は部屋番号に使われていないんだよ」
「どうして」
「たぶん、4は死を連想させるからじゃないかな」
「そう、なら今の私にピッタリね」
彼女のよく分からない質問に答えながら、鍵を開ける。
どうしてこんなことになったのだろうか。
彼女の自殺を制止したのは、つい1時間ほど前だ。
彼女をコンビニ側の歩道へ誘導して、それから僕はバイトに戻った。
21時になりアルバイトを終えると、コンビニの横に彼女はいた。
どうやら行くあてがないようで、僕についてきたいと言う。
さっきまで死ぬつもりでいたのだから、家には帰りたくないのかもしれない。
一瞬、余計なトラブルに巻き込まれると思い躊躇したのだが、自殺を制止したのは僕だし、まあ仕方ないかと承諾した。
そもそも、僕自身、トラブルに巻き込まれて困るようなことは何もないのだ。
もしかしたら彼女の家族が警察に捜索願をだすかもしれない。
そしたら僕は誘拐犯になってしまう。
ニュースで僕の名前が報道されたら両親に迷惑をかけてしまうので、それだけは少し申し訳なく思う。
「お邪魔するわ」
彼女はずかずかと土足で僕の部屋に上がる。
「あ、ちょっと、靴はここに脱いでもらっていいかな」
「私なら大丈夫よ、お気遣いなく」
今のは気遣いではなくてお願いだったのだけれど、まあいい。
彼女も自殺を阻止されてヤケになっているのだろう。
僕にも責任の一端があるわけだし、これ以上余計なことを言ってトラブルになるのも面倒だ。
「何もないのね」
彼女は、当たり前のように僕のベッドに腰掛けた。
そのくらいの神経がなければ、見ず知らずの男の家になんか来れないだろう。
それとも、世の中の女性というものは男性の家に来るとこれが普通なのだろうか。
「う、うん、余計なものは買ってないんだよ」
アパートの間取りは1Kで、家具はベッドのみ。
あとはダンボール箱の上にテレビが置いてあるだけ。
箱の中には、テレビの重みで箱がつぶれないように雑誌を積んで入れてある。
洋服などは備え付けのクローゼットの中。
ゲーム機はおろか、冷蔵庫すらない。
まめに掃除をしていたのがせめてもの救いだ。
「ごちゃごちゃした部屋よりは好感が持てるわ」
この部屋に女性を入れるのははじめてのことだったので、多少引かれないか心配だったが、大丈夫そうで安心した。
プライベートでまともに女性と会話をしたことのない僕としては、これくらいずうずうしい女性のほうが逆に気を遣わなくていいのかもしれないな。
それでも、彼女の容姿はテレビで見る芸能人のようで、同じ空間に二人きりだと思うとやっぱり緊張する。
「ええと、君はどうして……」
「その前に、ひとつ言っておくことがあるの」
彼女は僕の質問を遮るような形で、ベッドの前で立ったままの僕に言う。
それにしても、僕のベッドに女の人が座っている光景はなんだか不思議だ。
しかも彼女は靴を履いている。
「もしかして、あなた、私のことを自殺未遂の可愛そうな女だと思ってるでしょう」
「え、まあ、でも、そんなことはないけど」
「でも、それはちょっと違うわ」
「ええと、そうじゃないっていうと」
「私、幽霊なの。もうすでに死んでいて、私のことが見えたのはあなただけよ」
彼女の、さも当たり前のように言い放った突然の告白。
僕は、何を言っているのか分からず、しばらく硬直してしまった。
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