第7回

第七回

 脱衣場の前の廊下がみしりみしりときしむ音がする。なにか遠慮をしているようだった。そして脱衣所のドアを開ける音がする。脱衣場の横には便所があった。どうやら便所に入ったようだった。水を流す音がする。

ドアを用心深くしめる音がする。

脱衣所の棚に何かを置いた音がする。かちゃりと音がして腕時計が置かれたようだった。それからベルトをはずすとき聞こえるこすれる音がする。

服を地べたに落とす音がする。少し変な息づかいが聞こえる。

それから風呂の戸が半分ほど空いて

安部が身体の半分をのぞかせた。

安部なつみかんは全裸だった。

「お背中を流しましょうか」

安部の目は半分うるんでいた。どうやら酒を飲んだらしかった。口元はだらしなくゆるんでいる。この女は男なら誰でも良いらしかった。

これは人妻温泉か、と余はうろたえた。

少し垢の浮かんだお湯に安部なつみは片足からそろそろと入ってきた。

安部なつみの内股が見えた。

肉付きがよくてバランスがくずれてしわの出来ているところもよく見えた。

「ちょうどよい湯加減だわ」

二メートル四方あった。安部は湯船のはじから入ってきた。

安部なつみはタオルで顔を吹きながらお湯の表面を波立てないように静かに移動してくると

余から三十センチ離れたところでにやにや笑いながら

余の太股のところに手をかけた。最初は太股の上のところに安部のぶっくりした手が置かれているようだったが少し手の位置がずれて中に寄って来たような気がした。

「疲れていらっしゃるでしょう。按摩をしてさしあげるわ」

「結構です」

余はあわてて風呂を出て自分の部屋に戻ると

部屋の中で腹這いになってさっきの興奮をさめるために

新聞を読み始めた。

それから冷蔵庫の中のビールを飲もうとするとすでに一本なくなっていた。

安部が飲んだに違いない。

それから女中が宿帳を持ってやって来た。

宿帳には夏目房の進 東京生、夫と書いてある横に

夏目なつみかん室蘭生、妻と書いてある。

誰がこんなことを書いたのかと猛烈に抗議すると、

「奥様が」

と女中はいいわけめいたことを言った。

「まあ、いいよ」

余が面倒臭いのではらばいになったまま手を振ってそのままにすると女中は不満気な顔をして

出て行こうとするから冷蔵庫から出したビールは別料金にしてくれ

と叫ぶとなんの返事もないので聞いていないのかもしれない。

 宿の入り口に入るところまではテレビカメラが回っていたが

それからそのあとはふたりはテレビカメラに写らないのでここでの宿での生活で

安部なつみかんは本性を現すかもしれないと余は思った。

 たばこ盆のそばにある週刊誌を手元にひきよせてみると、

すごいタイトルの記事が目についた。

「誰とでもすぐに寝る女。安部なつみかん」と書かれている。

その内容はあまりにもひどいのでここには書けない。

それを読んでいると部屋の戸があいて安部なつみかんが入ってきた。

「お背中をお流ししましたのに」

安部の顔は湯でほてったのか少し赤みがかっている。

余はうつぶせになったまま顔を畳みに強く押しつけた。

この呼吸困難感がたまらない。

風呂からあがった安部なつみかんは浴衣を着ていた。

それから電話を見つけて電話をかけはじめた。

モンモン娘に電話をかけているらしかった。

そのきんきん声が耳について夏の終わりのせみの鳴き声のように聞こえる。しかし余はすでにふたりのモンモン娘を殺している。矢口と紺野をだ。電話の相手は他のメンバーかも知れない。

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