第6回

第六回


 安部は腹がくちくなるとバッグの中からブラシを取り出して髪をすき始めた。安部の女を感じさせる背中が余のほうを向いていた。余は窓際に行き、撫りょうをなぐさめるために窓の下を通る人間を観察していた。すると下女がお風呂の準備ができました、と言って来た。

今まで髪をとかしていた安部がふり返って、変な笑みを浮かべて、あなたからどうぞと気味悪く笑うので余はボストンバッグの底に入っていたタオルを持って薄暗い廊下の奥へ行った。

そこに風呂はなくて下に下りていける階段がある。そこの階段をおりると小さな小さな広間があって壊れたゲームの機械がたくさん置いてある部屋に入ってその向こう側が上がる階段になっている。

余はその向こう側に行くと階段を上がって行き、風呂場があった。

天井は裸電球ひとつで照らされている。

だいぶ不潔なようであった。田舎の風呂にありがちなかび臭いにおいがした。

余は服を脱いでじゃぶんと湯の中に飛び込むと

顔を洗い熊のようにタオルでごしごし、こすった。入ってみるとちょうどよい湯加減でかびくさいことも気にならない。

そして安部なつみかんが「あなたからどうぞ」と

言って気味の悪い笑みを浮かべた姿が額の斜め上三十センチのあたりに浮かんでやはり気味の悪い気分がぶり返した。湯の中に入ってうとうとしていると湯に入っている自分の乳のあたりに何かが見える。金色をした毛玉のようなものだった。しだいにそれが姿をあらわし湯の表を破って六十センチぐらいの矢口が浮上してきた。余は矢口の頭のてっぺんのところを片手で押さえて水中に沈めるとぶくぶくと空気の泡を発生させながら矢口は風呂の底に沈んだまま浮かんでこなくなった。それからまた湯船につかっていると天井のほうで人の気配がした。上を見上げると真っ裸の紺野が天井にへばりついて首だけこちらをむけて舌をぺろぺろと出している。やもりめ。余は舌打ちをした。汚かったが我慢をして風呂のお湯を口いっぱいに含んで水鉄砲のようにして紺野に吹きかけると、紺野はへばりついていた天井から洗い場のほうに落ちてぎゃと声を発したので手早く洗い桶でお湯をすくって一挙に流すと排水口から温泉とともに流れていった。

余の平和は再びおとずれた。また余はまったりした湯の中にふたたび浸って太平楽を楽しむ。鼻歌までも口ずさんでいた。

    

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