第5回

第五回

 ディレクターの話しによるとそのテレビ番組と云うのは東京の日本橋から二千円の所持金を持った何組かの男女がペアになって室蘭までその所持金だけで到着してその順位を競うものだった。もちろん出場者は見栄麗しい乙女とますらおばかりである。余がどうして選ばれたかわからなかった。そして安部なつみかんがである。

千円だけで日本のはじの方にある室蘭まで行けるはずがなく、それなりの工夫が必要でそこがその番組の面白味となる。 余やほかのタレントたちが東京タワーの真下に集められ、そこから出発するのだ。最初は誰と組んで辺境の地、室蘭へ出発するか決まっていなかったが、番組の司会者がお互いの相手を見つけるように言うとそれぞれの男女のタレントたちがつぎつぎとペアになっていった。どこで彼らのあいだに面識があるのだろう。その内情を詳しく調べたら芸能界、相姦図が出来るかもしれない。しかし、安部なつみかんだけはみんなに嫌われていたのでじっとその場に立ちつくしていた。それともお塩学がいなかっただろうか。

しかしそのことも気にならないのか、にやにやにやけていたけど。その姿は醜悪だった。しかしちょっぴり哀れみをさそうものもあった。

余にも相手が見つからなかった。

するとするすると安部なつみかんは余のそばに寄って来て

「お供をしてもよろしいでしょうか」

と言ってやまねのような目で余を見つめてにやにやと笑った。内心、余は気味が悪かったが、余も相手がいなかったので仕方なく同意をしたわけだ。

二千円の軍資金では一日では室蘭まで行けない。最初の宿は松島だった。

芭蕉がああ、松島や松島やと詠んだ景勝の地である。

駅から降りるとデイレクターが待っていて

どこか場末の宿屋に泊まるように言った。そして五万円を渡した。その様子はテレビカメラには写っていない。

駅のそばに宿屋はいくつかあった。

なかなか敷居の高い、立派な宿もある。

しかしそんな宿に泊まれば番組の主旨にあわない。

見ている人間が面白くない。

ぶらぶらと歩いているとゴミ箱の上で野良猫が

余と安部なつみかんをじっと見ているよつ角があって

そこを曲がると少しさびれたところになった。その通りには汚い建物しか並んでいない。

そこの角から三軒目に

「一度きり」と妙な看板が大きく掲げてある汚い安宿があった。

これなら番組の主旨にも合っていると思ったので

ちょっと振り返って安部なつみかんに一晩ここでどうですか、

と聞くと例の薄気味悪い笑みを浮かべて安部もここでいいと言うので

思い切ってずんずんそこへ入った。

 夫婦でも恋人でもないので別々の部屋をとろうと思ったのだが

下女が出て来て竹の三番などと言われて、

ふたりはやむを得ず竹の三番に通されてしまった。その旅館の一番北側の布団部屋の隣の部屋だった。

 その和室の部屋で余と安部なつみかんは

ぼんやりと向かい合って座った。

個人的な話を聞こうかとも思ったがお塩さまのことを

聞くのもなんだと思ったので黙っていた。最近の押尾学には超自然的ななにかが加味されたような気がすると誰かが言っていたがそれは妖怪と交尾した結果だと気づいた人間は余をのぞいては誰もいないだろう。その妖怪のために余は大変な目に遭ったのだから。

 部屋に入ったときにはすでに汚い部屋の真ん中に魔法瓶と湯飲みがふたつ、茶饅頭が三個置かれている。部屋に入ってボストンバッグをおろしたとたんに安部は茶饅頭をとってがつがつ食い始めた。そして自分で魔法瓶からお茶をつぐとぐびぐびと飲み始めた。

 余は安部の閨房の中での狂態を連想した。お塩学とのあいだに繰り広げられた男と女の肌の絡み合いをである。妖怪が生身の男にとりつく姿をである。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る