第4話
第四回
余は目が覚めてからも狸寝入りをして目をつぶったまま相席のふたりの世間話に耳を傾けていた。余が起きて聞き耳を立てていることをふたりが意識しないほうがふたりが自由に話しておもしろい話が聞けるのではないかと思ったからだ。知らないあいだに知らない状況に置かれ、名乗り出るのも鬱陶しいということもあるだろう。余がうたた寝をしているあいだにこのじいさんと若い男はずいぶんと懇意になったらしい。
しかし実際はふたりの世間話と思っていたのが田舎者のじいさんのほうが一方的に若い男に教訓をたれているかたちだった。このじいさんは余が行く田舎温泉の住人らしい。毎日つり三昧の生活をしているのかも知れない。ここで懇意になったのではなくて前から知り合いだったのかも知れない。
じいさんが和竿を持っていたのはどうやらつりが好きらしいからだった。ずいぶんと使い込んだ修練のあとがあった。それからじいさんは、つまりつりの話から始めて、二二六事件の雪の日の話しに及んで、それから女というのは恐ろしいものだというところに話を持っていった。実際、どういうふうにおそろしいのかと云うと女の持っている超自然的な話から始まって、女自身の恐ろしさ、そして女が恐ろしい状況を引き起こす恐ろしさに話がおよんだ。そのあいだ若い方はその話を謹聴していた。
いまさらそんな話しを聞くまでもない。
余は安部なつみかんのために随分と恐ろしい思いをしたのである。
余もその話が人ごとだと思えなかったので自分の意識が覚醒していることを悟られないかと肝を冷やした。
別にそんな必要もないのだが。
余はときどき漂流親子教室の司会などということをしてテレビカメラと一緒に数組の親子と無人島に行き、ロビンソン・クルーソーのようなことをやっているのだが、それに目をつけた新宿追分けのラーメン屋でかつぶしラーメンを食べに行こうとよく誘うテレビ東京のディレクターがモンモン娘と一緒にテレビに出ないかと零段論法を開陳した。ほとんど理論にもならない強引なものだった。とにかくモンモン娘の中で室蘭の田舎から出て来た女でまだ福寿草の芽が出たような娘で安部なつみかんと云う女がいる。最近、お塩学ぶという俳優と彼の自宅マンションで一夜を過ごしたのだが今が食べどき、料理のし時とまるで食材のように不埒な話しをまくし立てている。それでも余もそう思われてこの企画に選ばれたのかと思い少し不快になった。そしてそのときは彼も安部を人間だと思っていたのかも知れない。ラーメン屋でその話を聞いたのだが、いいような悪いようなあいまいな返事をしているとその男の背後にラーメンのゆでじるの湯気でけむってよく見えなかったうしろの方に河童みたいな顔をした女がにやにやにやけている。それが安部なつみかんを見たはじめだった。口には焼き豚がくわえられていた。焼き豚はいい色で焼き上がっている。湯気の向こうにある安部なつみかんはただただラーメンをすすっている、なつみかんの横にはからになったラーメンのどんぶりがふたつも重ねられている。この雌豚が。余は心の中でつぶやいた。
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