第4話

第四回

こだま

山中の杉木立の中を地上から十二メートルもの高さのところで木から木に飛び移っている男がいた。むささびならそれも不可能ではないだろうが杉の木のてっぺんのあたりから七メートルもさきにある木のてっぺんに飛び移っている。それも木の幹をつかんだかと思うと瞬間的にもう空中に飛び出しているのである。空を見上げると木々の間から見えるその姿は大きな黒い鳥にしか見えなかった。男の髪の毛は長く後ろにのびてほうき星のようだった。男は杉の木から木へ飛び移って行く。杉の森の中に木立が途切れて細長い沼になっていてる場所に出た。細い沼と大きな沼が川のようなものでつながれている。男は杉の木から降りて細い方の沼のほとりに立って顔色を少し曇らせた。その沼の水の色が少し変わっていて小魚が大量に水の上に浮かんでいる。沼のほとりに立った男は水の中に手を入れると死んだ小魚をすくいあげた。小魚は全く動こうともせず、背骨を引っ張っている筋肉もゆるんだままだった。小魚は完全に死んでいた。そんな小魚が細い方の湖の表面に大量に浮かんでいる。沼の表面の水の色も少し赤みがかっている。すると大きな方の沼から水面上にさざ波が立って黒い巨大な陰が水面の下を移動してきた。すると湖の表面の色が少しずつだが元の色に戻っていくではないか。するとまた大きな沼の反対の方から沼の表面にさざ波が立って二つのさざ波が近づいて行った。かなり近づいて行くと両方が左回りになって左右対称の渦巻きが沼の表面で対峙した、その瞬間大きな水しぶきが立って沼の中から五メートルぐらいの巨大な鯉のような魚と三メートルぐらいのこれもやはり巨大な山椒魚が絡みながら飛び出して来た。沼の表面のあたりでお互いに身体をぶつけ合いながら相手を攻撃している。沼の表面では水が大きくうねって瞬間瞬間に飴細工のような彫刻を作っている。見ると巨大な鯉の方の腹鰭がひどく傷ついてさきの方がちぎれていた。男は知っていた。この沼の摂理を。小さな方の沼と大きな方の沼はつながっていて小さな方の沼には巨大な山椒魚が住んでいる。大きな方の沼には今その山椒魚にやられている巨大な鯉が住んでいるのだ。普段はお互いに何の往き来もなく自分たちの生活を営んでいるのだが大山椒魚が魚をとるために自分の身体から毒液を出す。すると細い沼に住んでいるたくさんの小魚が死んで大山椒魚のえさになるわけだ。その毒が薄まって大きな方の沼に流れ込んで来るとそれを感じた巨大な鯉が細い沼の方に泳いで来て自分の身体から解毒剤を出して沼を浄化するとまた大きな沼の方に戻って来るという図式になっている。それを誰が決めたというのではなく生物が自然の本能でやっているのであって何千年もこの沼の生態系として行われているのであった。しかしどうだろう、今、大山椒魚と鯉が争っているではないか。そして巨大鯉の方の形勢が悪い。もし巨大鯉がこのまま死んでしまうことになればこの沼の生態系は破壊されてしまう。男は息を吸い込んだ。そして肺にその息をため込むと二つの怪獣が争っているのをじっと見ていた。そして大山椒魚が水面に出てきたとき男は口から自分の息を吐き出した。それは極度に圧縮された空気のかたまりであり、巨大な岩を砕くほどの効果があった。男の吐いた息は鋼鉄の砲弾となってこの沼の中央の水面に浮かび上がった巨大山椒魚へめがけて飛んで行った。そして三メートルもあるこの怪獣の身体は大きく空中に飛んで再び水中に落下した。男は吐き出す息の回転をどうかけるかによりその砲弾の堅さを自由にコントロールすることができたのだった。大山椒魚の身体は傷つくことなくまた水中に没すると沼の中を周遊して水面下深くに消えて行った。きっと巨大鯉が解毒作用のある体液を身体から出してこの行湖を浄化しているのだろう。湖の色は緑色に近い深い青色に変わった。

湖のほとりにある大岩の上に立ちながら男はこの様子を眺めてある疑問を抱いていた。

「何かがおかしい。この森の調子が狂っている。こんなことはこれだけではなかった。」

最近この森ではことごとくおかしなことが起こっている。そのために彼はその調査をするためにこの森の中を見回ったりしているのだ。それは彼自身の考えではない。森の中の大木の間を自由に飛び移ったり、自分のはく息を鋼鉄の砲弾のようにすることができるのには意味があった。彼は羅漢拳という集団に属していてその指導者は自然エネルギーを自由自在に扱う方法を会得していた。ほうき星のような髪型をしたこの男はその指導のもとで大木の間を自由に飛び移ることができたのだった。この森の中を見回ってからもうすでに一週間になろうとしていたがまだ彼にはその原因をつかむことが出来なかった。

「まあ、いい。そのうちこの森を狂わしているものがなんなのかわかるだろう。」

男はそう言うとまた地上から十メートルもの高さのある大木の幹に飛び移った。そして自分たちの本拠のある場所に戻ろうとまた大木から大木の間を飛び移って行く。一飛びに飛ぶ距離は二十メートルくらい、隣り合っている木の間を飛んでいるのではなく、何本もの木を抜かしながら飛んで行く。その間も下の方に何か変わったものがないか目を凝らしているのだった。とくに今日は仲間から薬草を森に行ったら採ってくるように言われていたので注意深く下を見ながら飛んで行く。

「くりくり坊主の言った薬草とはどんなものだったか、川のほとりによく生えていると言う。一度、くりくり坊主に見せてもらったことがあるのだが。持って行ってやったらうれしそうな顔をするだろうな。くりくり坊主。」

彼、名前はこだまと言うのだがうれしそうにつぶやいた。くりくり坊主は彼の仲間であり、医術に従事している。ほとんど本部から出ないため、仲間が外に行くときはよく薬草などを採って来てもらうように頼むのだった。

「おっ、あれかも知れない。」

こだまの目は川のほとりに白い花をつけてすっきりと立っている緑の茎と葉を持った植物にとまった。こだまがその植物のある川のほとりに下りて行くとそれが自分の見間違いであることがわかった。

「ふん、白百合か。」

こだまはその花を持って鼻の近くまで運んでにおいを嗅いでみた。花特有の研ぎ澄まされたような刺激が鼻孔をついた。森の木が途切れたこの川のほとりに立っていると川のせせらぎの音と大きな奇岩の集合だけが目に入る。いろいろな形の岩が重なるようにして河原に存在している。ふとその岩の間を見ると黒い毛糸のようなものが岩にからまっているではないか。

「おっ、あれは。」

こだまはすぐにその大岩のところに行った。見ると女が倒れている。川でおぼれてここまで流されたのかも知れない、こだまは彼女の心臓の上あたりに手をやるとまだかすかだが動いている。

「これは助かるかも知れない。」

こだまは自分の手のひらの上に自分の口の中から空気の固まりを出すと閉じられた女の口の中にその空気の固まりを入れた。こだまは自由に空気を扱うことができてそれはものを破壊することにも使えるが生物の呼吸活動を助けることもできる。一種の酸素ボンベの固まりのようなものを女の身体の中に入れたのだった。これで女の命は助かったがまだ女の目は開かなかった。

「捨てておくわけにもいかないだろう。」

本拠地につれて行けば彼女の体力も回復することだろう。それができる仲間が本拠地にはいる。しかし、こだまはこの女がどこの誰だかはわからなかったが、この女性は今トマラ国の兵士に追われてめのう川の中に飛び込んだウサ姫だった。心臓もかすかに動き、呼吸も回復している。もちろん彼女が生まれ故郷に帰ったとしても彼女は回復しないだろう。ただ気の術に通じた彼らだけが彼女を蘇生させる可能性があった。こだまはウサ姫の身体を抱き上げた。思ったよりも重い。こだまは彼女の身体を片手で抱き上げ、片手で口笛を吹いた。すると空から巨大なこうもりがやって来てこだまの前に降り立った。

「お前が来たか、まあ、いいだろう。」

こうもりは頭を下げて不服そうだった。こだまはウサ姫を抱いたままこうもりの背中に乗った。巨大なこうもりは二人を乗せて空中に飛び上がった。

一方その本拠では髪を伸ばした男と身長が三メートルはあろうかと言う禿頭の男が向かい合っていた。巨人の方が十トンぐらいの重さの岩を片手に持ち上げて髪の長い男の方に投げた。すると巨岩はうなりを上げてその男の方に飛んで行った。髪の長い男の方は両手の平を広げるとその両手を摩擦した。するとどういうことだろう、その周囲に大きな雷がおこり、昼間だというのにその周囲のものを青く照らした。きっとそこに大きな電磁場のようなものが出来たのかもしれない。巨岩はその男の前に届く前に反発して山の方へ向かって飛んで行った。今度は巨人の方に変化が起こった。昼間だと言うのにその足下には影が出来ていたのだがその影がその巨岩よりも早い速度で伸びて行き、五十メートルぐらい伸びたかも知れない。その巨岩に追いついてそれを保持するとまたその影は縮んで元の場所に戻したのである。そのあと二人は何事もなかったように仏教の経文の一節を唱えた。そこから少し離れたところに見るからにお坊さんらしい老人がつくねんと座っていた。目を閉じて何かを黙想しているらしかった。巨岩を相手にキャッチボールのようなことをしていた二人、これらはこだまの仲間で髪を伸ばしている方がいかづち、巨人の方をやまかげという。

この二人がこのお坊さんの方へ行くと老人は目を開けた。

「こだまが戻って来たようじゃ。」

「くりくり坊主が薬草を採ってくるように頼んでいたらしいですよ。」

「薬草は持って来ていないようじゃ。そのかわり。」

「そのかわりなんですか。」

「女をつれている。」

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(小見出し)羅漢拳

インドに群小国家が乱立していた時代、ヒンズー教が栄え、自然界に充満する生命エネルギーを自由に扱う聖人も出現していた。インドの一郭マガタ国のカビラ城にゴータマ・シッダルーダという王子が生まれた。彼もまた自然エネルギーを自由に扱えることになる聖人の一人だった。ゴータマの生まれたマガタ国は弱小国として周囲を強大な国に囲まれていた。ゴータマ国の前途は苦難に満ちていることはあきらかだった。そしてゴータマは一は何故生まれ死んでいくのかと思い悩んだ。自分自身が自然エネルギーを自由にできる聖人だとも知らずに。彼は国も身分も捨て修業の旅へと出た。苦しい修業を経て菩提樹の下で悟り、つまり自然エネルギーを手中にすることに成功した。ゴータマは仏と呼ばれ、仏教を開いた。仏教は四方の国に広がって行った。仏教は二派に分かれた。極楽浄土への道は自分自身の力によって得られるという小乗とすべての人は同じいかだに乗り合わせているのだからすべての人が同時に救われるという大乗の法である。しかしそれらの教えは表の教義である。太古から連綿として続く教え、自然エネルギーを自由自在に扱う方法、仏陀はそれの体現者なのであった。彼らは仏陀の教えにより自分自身の肉体、精神を超人と化し、ひとたび国の危機が生じると立ち上がった。彼らの組織は世界中に広がっている。しかしふだんは人の目にふれない山奥で暮らしていた。仏陀が現れてからの彼らの集団は羅漢拳と呼ばれていた。紀の国、つまり現在の和歌山県の山奥でも彼らは人知れず居を構えていた。気の奥義を究めた指導者に統率されていてなかには三メートルをゆうに越える巨人もいた。そして時代は集団で農業をおこない、国というものが出来はじめていた。

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(小見出し)くりくり坊主

くりくり坊主が地面に図形を描いて陰陽の気の理論の研究をしているとあたりが暗くなった。実はくりくり坊主の頭の上だけが暗くなっているのだった。くりくり坊主が頭上を見上げると乱雑に動く影がくりくり坊主の頭上を覆っている。そして上から声が聞こえる。

「くりくり坊主、帰って来たぞ。」

巨大なこうもりは地上に降り立つとその背中からこだまが下りて来た。

「くりくり坊主、薬草は採って来られなかった。」

「その女は誰でちゅか。」

くりくり坊主は棒を持っている手を止めてこだまの腕に抱きかかえられている女を見ているとこの集団の指導者やいかづち達もやって来ていた。

「川で拾いものをして来ました。まだ息も心の臓も弱々しいが動いています。」

その女を周りのものはしげしげと見つめた。生きていると言っても目は閉じられたままだった。お坊さんのような老人がその女のそばに行くと口の上に手をかざしてその呼吸の度合いを測った。

「うむ、まだ息はある。」

くりくり坊主は指をくわえながらその様子をじっと見ていた。くりくり坊主は生まれてからすでに二百年の年月が経っていたが生後三ヶ月からその成長は止まり、外見はほとんど新生児のようだった。そのくせ大人のように歩くことが出来て大人なみの思考力は持っている。この集団、羅漢拳の構成員が、こだまやいかづちのように武芸の探求をしているのと違ってくりくり坊主は医術の研鑽を積んでいた。そのため薬草などを集めその効能を調査することは日常の仕事なのである。

「こだま、その女を薬療院へ運ぶのだ。」

くりくり坊主も何も考えずそのあとをついて行った。こだまや指導者が薬療院の前に来るとくりくり坊主はその薬療院の扉を開けた。薬療院というのは丸太を組み合わせて作った六角形の建物でその中で薬を炊いてその煙で病気を治したり、大きな石棺がありその中に薬を入れてそこにつかって病気を治したりする施設だった。薬療院の扉が開けられるとその中にある薬のにおいが鼻をついた。

「おお、薬くせぇ。」

こだまが言った。部屋の中は外観と同じで六角形になっている。外側が丸太を組み合わせているのと同じでその組合わさった丸太が壁になっている。中には薬を炊くための花崗岩をくり抜いて作った小さな鉢のようなものが置いてある。その横にはこれも花崗岩をくりぬいて作った大きな石棺が置かれている。壁の側面には種種様々な薬草から作られた薬があり、床には大きな熊の毛皮が床に広げられている。指導者の視線がその大きな石棺に向けられると彼は言った。

「こだま、その女を石棺の中に寝かせなさい。」

腕に抱えていた女をこだまはその石棺の横に寝かせた。

「蝦夷松、しいたけ、浦島草を用意するのじゃ。」

これからこの女の治療が始まるのだ。くりく坊主はそう思った。

「う・う・うー。」

くりくり坊主はあどけなく低く唸った。外からそれらの薬草が大量に運ばれて来る。

「それらをよく混ぜ合わせのじゃ。」

そう言った技術にはくりくり坊主はたけていたのでそれらの薬草を薬研でこまかくして、乳鉢と乳棒でさらにすり合わせた。くりくり坊主はそれらを味見してみた。それらは苦かった。

「長老、できたよ。」

「それらを石棺の中に注ぐのじゃ、」

くりくり坊主はそれらの薬を石棺の中に注いだ。

「大根おろしを用意しろ。」

長老が何故そう言うかくりくり坊主には理解できなかった。それはある治療を意味していた。薬マッサージと言って薬とマッサージを併用する治療の仕方だった。でも誰がそのマッサージをするのだろうか。くりくり坊主の頭の中はひどく混乱していた。

「う・う・うー。」

くりくり坊主はまた低くうなった。

「大根おろしができまちゅた。」

「よし、そうしたらそれを石棺の中に注げ。」

くりくり坊主はそれらを石棺の中に注いだ。

「その女の服を脱がせろ。」

「う・う・うー。」

再びくりくり坊主の頭の中はひどく混乱した。何故、わたくちゅがそんなことをしなければならないんでちゅか。くりくり坊主は心の中で自問した。すると激しい叱責の言葉が長老から飛んだ。

「ばか、恥ずかしがっている場合か、命にかかわる問題じゃぞ。」

「ひぇー。う・う・うー。」

くりくり坊主は頭を抱えてまたうなった。おそるおそる女の腰ひもに手を伸ばすとそのひもをほどいた。すると瀕死の状態であるにもかかわらずかがやくような張りつめた白い裸身がくりくり坊主の前に現れた。

「こだま、その女を石棺の中に入れるのだ。」

こだまはその女を抱きかかえると薬のはられた石棺の中に入れた。その様子をくりくり坊主は石棺のふちにつかまりながらじっと見ていた。すると長老はまた口を開いた。

「くりくり坊主、この女の治療係を命ずる。この女を生き返らせることが出来るかどうかもお前の愛情しだいだ。この女の身体を薬でマッサージし続けろ。」

くりくり坊主の頭の中の混乱は頂点を極めた。

「うー。うー。うー。」

くりくり坊主は何度もうなった。くりくり坊主自身、医術の研鑽を積んでいるが、この長老の提案ははなはだ迷惑なものだった。くりくり坊主は森の中で親からはぐれてひとりぼっちで傷ついた小熊の治療に当たったのが彼が医術の道に進もうと思った出発点だった。その治療に当たっていろいろと試行錯誤を繰り返し、くりくり坊主はいろいろな医療技術を獲得した。その小熊も成長して死んでいった。くりくり坊主は生後三ヶ月から少しも成長していないのだから当然と言えるが。それからくりくり坊主はお猿を飼い始めた。今度はそのお猿が病気になつてしまったのだ。くりくり坊主は医術の道を究めたと思っていたからそのお猿の病気も当然治ると思っていた。しかし天はくりくり坊主に見方しなかった。そのお猿はくりくり坊主の手厚い看病にも関わらず死んでしまったのである。くりくり坊主は天を恨んだ。そして薬草の研究のみをして臨床には立ち入らないと決めたのだった。そのお猿の死はくりくり坊主にそれだけの大きな衝撃を与えた。もう二度と死にかけている相手の治療には関わらないでちゅ。しかし長老の決断は断固としたものだった。

「薬療院の扉は封印されるべき。」

薬療院の扉はくりくり坊主と死にかけている女を中に入れたまま封印された。

くりくり坊主は薬液につかったまま動こうとしない女の横顔を石棺のふちにあごを載せながら見つめた。くりくり坊主の脳裏にはあのいまわしい思い出、お猿を力至らずあの世に見送ってしまったことが想い起こされた。う・う・どうすればいいんでちゅか。くりくり坊主は煩悶した。むなしく半時が過ぎてくりくり坊主がうつらそこから塗り薬うつらしているとよだれがその石棺のふちにたれていた。小半時寝ていたのだ。するとくりくり坊主は何故かさわやかな気分になった。顔の筋肉が弛緩している。それはくりくり坊主が生まれもった本能で眠っているときに無意識に喜びの表情をしていたかも知れない。起きてから自分の夢を覚えていないようにその表情を自分では理解できなかった。くりくり坊主は自分で自分を直していたのかも知れない。くりくり坊主は後ろを振り返るとさまざまな薬草が山と積まれている。そしていくつもの瓶が並べられていてその中には薬液が仕込まれている。やってみるでちゅ。くりくり坊主は決心した。この女の治療に当たってみよう。女の身体を指先で突いてみると弾力性があった。これは助かる見込みがあるでちゅ。後ろの瓶を石棺のそばに持って来るとそこから塗り薬をすくい取り、その指先を女の身体にそっと伸ばした。女はことりとも音を立てなかった。くりくり坊主は女の身体に薬を塗り始めた。それは大変な労働だつたが女の命を救うためだった。くりくり坊主の吐く息はあらくなり始めた。くりくり坊主はふと薬液をなめてみると甘かった。くりく坊主は動揺した。薬液だと思ったのは実は蜂蜜だった。これは大変なことだとくりくり坊主は思った。くりくり坊主は女の浮かんでいる薬液の中に飛び込んだ。そして蜂蜜を落とすため女の身体をなめ始めた。くりくり坊主は真剣だった。女の身体についた蜂蜜を舌ですっかりなめ落とすのに半日かかった。それから再び薬によるマッサージを続け、三日目の晩に女は目を開けた。目を開けた女は薬液の中に見たこともない新生児がつかっているのを見て驚いた。

「きゃー、何をやっているのよ。」

「う・う・うー。」

女は立ち上がろうとしたが立ち上がれなかった。

「ばか、恥ずかしがっている場合じゃ、ないよ。」

くりくり坊主は女をしかりつけた。女の目から涙がこぼれ落ちた。くりくり坊主は治療を続け、三日目の朝に女は立ち上がった。

「まだ完全に直ったわけじゃないからね。二日に一度はこの治療を続けなければならないよ。」

くりくり坊主が諭すように言うと女はくりくり坊主を胸にぎゅっと抱きしめて言った。

「あなたはわたしの命の恩人よ。」

三日目の昼に薬療院の扉は開けられた。

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  けがのすっかりと治ったウサ姫は羅漢拳に自分がオロ国の双子の女王の一人であることをつげた。そして羅漢拳のほうではアマのもとにいるコサを監視し続けていたこと、ウサ姫の純潔を守ったこと、そしてコサは人間ではなく殺さなければならないことを話した。羅漢拳の長老はくりくり坊主、こだま、やまかげ、いかづちの四人をウサ姫のともにしてオロ国へ向かわせた。こだまは音波を使い、やまかげは大きな衝撃力となり、いかづちは電気を使いコサを滅ぼした。ウサ姫は羅漢拳から伝えられた秘伝の妙薬を使いウナ姫のけがをあとかたもなく治した。これが今はその製法もわからなくなってしまったが大和朝廷のできる以前に存在したと言われる伝説の妙薬ウナ膏和の由来である。


終わり

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羅漢拳外伝 @tunetika

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