第7話 決着
騎乗している敵は、項馬以外に六人。
その他の兵はざっと三十人は居り、黒姫に乗って猛進する鈴綾を迎え撃つが──
「失せろ、雑兵めが!」
「は、早──っ‼︎」
馬上からの剣の一振りで、敵兵二人の首が宙を舞う。
力を失って膝から崩れ落ちていく仲間を前に、項馬が掻き集めた精鋭の心が、ぎしりと音を立てて軋んでいく。
帝国の最上位とまではいかないが、それでもこの場に反乱軍として集められた彼らは優秀だった。少なくとも、鈴綾の言うような『雑兵』等では無い。
戦時であれば、多くの部下を率いているはずの武官が多く混ざっていたのだ。
それを鈴綾は、たったの一振りで二人もの武官を葬ってみせた。
一瞬のうちに跳ね飛ばされた二つの首が、ごとりと嫌な音を立てて地面転がる。
続いて鈴綾は、黒姫を操りながら次々に敵の武器を落とし、槍を斬り、どんどんと敵を無力化していった。
項馬はそれをじぃっと見詰め、右手に握る斬馬刀に力を込める。
「さあ! この首を取らねば、私の剣は止まらぬぞ!」
そうこうしている間に、鳳仙宮前に押し掛けた兵力はすっかり減少していた。
あれだけ項馬の周囲に居た三十人以上の男達は、その半数以上が命を刈り取られ。
生き残った数名は、鈴綾の手に掛かってしまう前にとこの場から逃げ出してしまっていた。……とはいえ後方には龍琰が待ち構えているので、辿る運命は変わらないのだが。
気が付けばこの場に残ったのは、項馬と六人の騎馬兵のみ。
騎馬兵達は覚悟を決め、項馬と鈴綾の間に入り壁になろうと動き始め──
「……待て」
すると、ここまで黙り込んでいた項馬が口を開いた。
司令塔である項馬に制止された騎馬兵達は、多少渋る様子を見せたものの、大人しくその指示に従う事を選んだ。
鈴綾も一度馬を止め、剣に付着した汚れを振り払う。
「噂は耳にしていたが……貴様のその剣、女にしておくにはあまりに惜しい」
「ああ……自分でも何度それを思った事か」
お前が男であれば。
女に生まれてしまったばかりに、出世の道を断たれたのだと。
何度、
だから私は、それを丸ごと跳ね除けるように……嫉妬や嘲笑、
この世界のどの男よりも強くなれば、私を見下したりする者は居なくなる──そう信じて生きてきた。今だってそうだ。
私に傷を付けられるような武官は居らず、私の剣と並ぶ神速を持つ者も有らず。
「だがな……私が女であったからこそ、こうして貴様らの罪を暴き、追い詰める事が叶ったのだ」
私が女でなければ、後宮に潜入して貴妃様の事件を捜査する事は出来なかった。
私が女でなければ、尚官司女官として人の役に立つ喜びも知らぬままだった。
私が私でなければ、この場で桃香を卑劣な罠に陥れた相手と対峙する事も叶わなかったはずなのだ。
「故に私は……鐘鈴綾は、女として貴様を地獄へ送ってやろう。貴様によって運命を狂わされた女の怒り、そして悲しみを、この剣に込めて斬り捨てる……!」
「……それが、今生最期の言葉で構わぬな?」
「貴様こそ、妹に何か言い遺す事があれば聞いてやろう。……安心しろ。英蘭もすぐに同じ場所へ連れて行ってやるさ。楽に死ねるとは限らないがな」
「ふっ……笑止」
項馬はこれまで以上に覇気を漲らせ、鈴綾もそれに劣らぬ殺気でもって対抗する。
じりじりと肌を焼き尽くすような錯覚の中、反乱軍の騎馬兵達は、指先一本すらも満足に動かせない。呼吸をするのも忘れる程の、永遠とも思える無言の時間。
──それを打ち破ったのは、項馬の駆る馬の嘶きであった。
*
広場の反乱軍を制圧し、鳳仙宮へと馬を走らせる龍琰。
「鈴──!」
皇帝の住まう宮の庭には、鼻につく血の臭いと、乱れ咲の椿のような紅で満たされていた。
物言わぬ亡骸。そもそも、これが人であったのだと理解を及ばせる事すらも拒絶したくなるような、この世の地獄を思わせる死体の数々。
「……終わった。これでもう、大丈夫だ」
男の声に振り返った女の右手には、愛用する長剣が。
そして左手には、今さっき討ち取ったばかりの男の首が、束ねられた長髪を掴む形でぶら下がっていた。
その後、皇帝・嶺明に被害が及ばなかった事実を確認した龍琰は、直後に
聞くところによれば、燦淑妃は嵐舞宮に替え玉を残し、女官の扮装をして後宮から抜け出したのだという。
その手引きをした女官や侍女、宦官はすぐさま地下牢に投獄され、刑部尚書による尋問が開始。
捕らえられた侍女の中には、鈴綾も知る者が混ざっていた。鈴綾と黄玉に嫌がらせを働き、淑妃によって侍女に取り立てられた
胤珊は背格好が淑妃と似通っており、それに気付いた英蘭が替え玉として採用したのではないかと予想されている。
並びに、項馬の脱獄に手を貸した兵士、及び反乱軍として帝国に敵対した武官や文官の調べも進められていた。
そしてこの日をもって、桧貴妃暗殺の容疑を掛けられていた奏桃香。
その共犯として投獄されていた
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