第6話 対峙
「はあっ!」
鈴綾の掛け声と同時に、黒姫が嘶きをあげて戦場へと突き進む。
抜き放たれた鈴綾の剣は、鳳仙宮への道を阻む反乱軍の兵士を次々と斬り伏せていく。
突然の騎馬兵による援軍。それも後宮の女官服を着た女が、逞しい黒馬に乗って剣を携えている。状況を飲み込めず混乱した兵士達は、敵味方問わず鈴綾に注目していた。
すると、鳳仙宮へと向かおうとする鈴綾の前に、槍を持った兵士が飛び出して来る。
「待て! 貴様っ、何者だ!」
故に、鈴綾の前に立ち塞がった兵士の発言は至極当然。
女官が後宮を飛び出し、そのうえ複数人の兵士を攻撃したのだ。常識的に有り得ない状況である。
けれども鈴綾は、臆せず堂々と宣言した。
「私は後宮を守護せし者、白鈴玲なり! 叡賦皇帝に叛旗を翻す大罪人、燦項馬。並びに、陛下へ牙を向ける叛逆者共よ! 大人しくしておれば命までは取らぬ。早々に武器を収め、道をあけよ‼︎」
「それと、皇帝陛下の指導役である陸龍琰も居るよ〜! ほらほら皆、僕達の為にそこを退いてくれないかな?」
後方から近付いてくる呑気な声に、鈴綾は自然と勇気付けられていた。
四方八方を取り囲む兵士達は、敵味方問わず鈴綾とは何の面識も無い者ばかりであろう。しかし彼──陸龍琰は、鈴綾にとって唯一の相棒だ。
彼が背中を守ってくれている。自分の勇姿を見届けてくれる。それを改めて実感するだけで、今まで以上に戦意が漲ってきたのだ。
だが鈴綾と共に太師である龍琰が現れた事により、反乱軍は先程よりも殺意の込められた目を向けて来る。
「……ならば、貴様らを通す訳にはいかぬ! 今こそ愚帝・嶺明を討ち滅ぼし、叡賦帝国の偉大さを、その強さを世界に示す時である!」
「この者達を燦閣下の元へ通すな! 例えここで命を散らす事となろうとも、永久に我らの魂は、帝国の栄光を讃える礎となるであろう‼︎」
豪奢な兜を被った兵士達が高らかに叫ぶと、反乱軍の鎧を纏った男達の雄叫びが広場中に轟き、空気を大きく震わせた。
しかし──
「抜かせ、逆賊が!」
奮い立つ反乱軍へと、鈴綾が馬を突っ込ませる。
それに応じて反乱軍の矛先が彼女へと向けられ、剣や槍が鈴綾と黒姫を狙って攻撃を開始した。
見渡す限りの敵軍。これではいくら陸太師の助力があろうとも、非力な女一人と馬を仕留めるぐらい容易い──そう確信していたものの、
「なっ……⁉︎」
「槍が、壊れたのか……⁉︎」
驚愕し目を見開いた敵兵達の槍は、中央部から先がぽとりと地面に落ちた。目にも留まらぬ速度で周囲の反乱軍の持つ槍を、鈴綾が全て斬り落としてしまったのである。
──次だ!
続いて鈴綾は黒姫を操り、目の前にわらわらと集まった敵兵達を蹴り飛ばさせた。
反乱軍達は屈強な黒姫の前脚によって蹴散らされ、それらを踏み越えて前進していく。
「何なんだよ、あの化け物みてぇに強い女は!」
「まるで鬼人だ……! あんな芸当を軽々とやってみせた奴を相手に、俺らが敵うはずが無い……!」
そんな怯えた声と視線が混ざり始め、鈴綾は無意識にぐっと奥歯を噛み締めた。
いつもこうだった。私が戦場に出れば、毎回のように浴びせられていた言葉と視線だ。今更悲しくなど思うものか……!
頭にかかる煩わしい
「放てぇぇぇっ!」
とうとう広場の奥へと差し掛かろうという時、背後から空気を切り裂くような鋭い音がした。それも複数だ。
その音の正体は、騒ぎの間に攻撃の準備を整えた反乱軍の弓兵による矢が放たれた音だと悟った鈴綾。
鳳仙宮へと真っ直ぐに突き進む黒姫。このままでは数瞬の後、鈴綾の背後から矢の雨が降るだろう。
けれどもその時、敵味方入り乱れる群衆の中から叫びが届いた。
「そのまま行くんだ! 僕を信じて!」
「…………っ!」
ならば、私は決して振り返らない。お前を信じるぞ、龍琰……!
次の瞬間、矢は鈴綾の身体目掛けて接触し──
──その途端、金属にぶつかったような甲高い音が次々に響き、鈴綾を貫くかと思った矢が軽々と反射されたのである。
身体に何の痛みも無い事に気付いた鈴綾は、もしやこれが龍琰の防御結界の効果なのかと合点がいった。
無事に弓兵からの攻撃を免れた鈴綾を乗せた馬は、勢いをそのままに鳳仙宮へと乗り込んでいく。
開け放たれたままの分厚い大扉を抜けると、そこには後宮のものより数段優美な庭園が広がっていた。
そこにも反乱軍が多く押し寄せており、それを認識すると共に、帝国兵の無残な遺体が転がっているのを見た。鈴綾はその中に、一際目立つ人物を発見する。
赤黒い装甲に、威圧感のある佇まい。鎧に併せた色合いの馬具を纏った立派な馬に跨がる、
今にも鳳仙宮内部へと突入しようとしていたその人物は、鈴綾の気配を察知し、馬ごと背後に振り返った。
吊り目がちな男の眼には、覚えがあった。
鮮烈な赤。他者を支配せんとする風格を備え、事実として数多くの人間を従える一族の血脈。
それを受け継ぐ燦家の嫡男──帝国大尉として皇帝に仕えながらも、妹が皇后となる道を貴妃の死によって血の色に染め上げんとした、武を誇る悪逆の戦士。
「……貴様が、燦項馬だな」
「左様」
距離を空けて馬を止めた鈴綾を視界に捉えた男は、顔色一つ変えずに肯定する。
「我こそが次代を担う者。この叡賦帝国を更なる大国へと成長させ、軟弱な現皇族の血を一滴たりとも残さず滅する者──燦家が長、項馬である」
地鳴りのように低く、腹に響く声で答えた項馬。
並みの兵卒であればすくみあがってしまうような、全身を突き刺す敵意と殺意が鈴綾を襲った。
だが鐘鈴綾という剣士は、その程度で臆するような柔な女ではない。
鈴綾は真っ向から睨み返し、剣先をすっと項馬へ向けて宣言する。
「ならば私は、この剣で以って貴様を裁こう」
「……その細腕で、我を裁くと申すか」
小汚い野良犬でも見るような、蔑んだ目。
「ああ……」
──私は知っている。あれは、戦場に立つ女を見下す目だ。
「……己の使命を差し引いてでも、貴様は意地でも生きては返さん」
この男さえ、燦一族さえ居なければ。
私の大切な幼馴染の桃香は、あんなにも辛い思いをしなくて済んだはずなのだ。
「燦項馬……貴様の首、この鐘鈴綾が貰い受けるっ‼︎」
雄叫びを上げながら、鈴綾は剣を構え馬を走らせる。
彼女の接近に伴い、項馬の周囲に散る兵達が守りを固めた。
「覚悟ぉぉおおぉぉぉぉっっ‼︎」
「どこからでも掛かって来るが良い……鐘家の
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