第5話 大聖宮の反乱
鈴綾達を乗せた馬車は、大急ぎで大聖宮……ではなく、陸家の邸宅に到着した。
「お帰りなさいませ。龍琰様、鈴玲様」
「馬の準備は出来ておりますよ〜」
馬車から降りると、門の前で
そして彼女達の言う通り、二人の側には二頭の馬が武装をして待機している。一頭は美しい白馬で、もう一頭は逞しい黒馬だ。
どうやら彼女達の耳にも、燦項馬の反乱の報が届いていたらしい。
龍琰は白馬の方に歩み寄り、そっと馬を撫でながら言う。
「ああ、助かるよ二人共。さあ鈴、君はその子に乗っていくといい」
「この馬達は……陸家が所有しているのか?」
「そうだよ。時々遠乗りに出る時や、こうした緊急時に馬を飛ばす必要があるからね」
あのまま馬車で大聖宮まで向かっても、馬車を囲まれれば面倒だ。
それに、鈴綾達の乗る箱に火でも付けられてしまえばお終いだ。個々の機動力を活かせる点から考えても、騎馬による単独移動の方が対軍団戦においては優位に働く。
あくまでも馬車は長時間の移動の為の乗り物であり、戦時に敵陣へ乗り込む為のものではない。
故に龍琰は、直接大聖宮に向かうのではなく、屋敷に戻って馬を調達しようと目論んだのだ。
「ならば、遠慮無く使わせてもらうぞ」
「ああ、存分に乗りこなしてくれ! その子……
鈴綾も黒馬に近付き、警戒されないように背中を撫でる。
「お前は黒姫という名なのだな。少々無茶を強いてしまうかもしれんが、力になってくれると嬉しい」
すると黒馬は、任せておけと言わんばかりに
二人は颯爽と馬の背に跨ると、視界の下で主人達を見上げる双子にこう告げた。
「屋敷の事は任せるよ、松華。竹華」
「すぐに鎮圧してくる。心配は無用だ」
「はい、わたくし達にお任せを。お二人共、どうかご無事で……」
「美味しい物を沢山用意して、お風呂の準備もして待っておりますね〜」
松華の真剣な眼差しと、竹華の気の抜ける気遣いに頬が緩む。
かくして二人は、今度こそ大聖宮へと向けて馬を走らせるのだった。
*
帝都は巨大な円形状の外壁に囲まれており、その中央に叡賦大聖宮と後宮がある。
龍琰の屋敷は、その近辺に建てられている貴族街の一角だ。
そこから馬を走らせながら目に映る、大聖宮から立ち昇る黒煙。恐らくは、燦項馬が率いる反乱軍による仕業だろう。
龍琰の見立てでは、火の手が上がっているのは大聖宮の南側──正門付近だろうとの予想だった。その言葉通り、馬で駆け付けた鈴綾達の視界には、焼け落ちた正門の無残な残骸が残されていた。
「これは酷いな……」
「でも、跳び越せない高さじゃない。少し勢いをつけて、この上を一気に乗り越えてしまおう」
「ああ、そうするしかあるまいな」
火が放たれた正門は木製で、本来であれば豪華な彫りや、鮮やかな朱塗りの柱が出迎えてくれたものだ。
けれどもそれは、反乱軍によって消し炭にされてしまった。未だ小さく燻る炎の赤がちらついて、周囲の壁や建物にまで
恐らく、火矢を放って門を燃やしたのだろう。
しかし炎自体はおさまっており、煙が残ってはいるが二人で馬を走らせ、残骸の上を跳躍する。
そこから更に北──皇帝の住まう場所である
燦項馬の狙いは、皇帝の命だ。
このままでは妹諸共死ぬ運命だと悟った項馬は、嶺明を亡き者にし国を混乱に陥れ、その隙に国外への逃亡を企てているのだと考えられる。
そしてこの隙に逃げ出した燦淑妃も、後に兄の項馬と合流し、どうにか逃げ延びようとしているはずだ。
でなければ、彼ら燦一族に待つのは血の粛清のみ。皇帝の愛した貴妃の命を狙い、更に皇帝に叛旗を翻すという罪の上塗りをした国賊だ。処刑されないはずがない。
同時に、その巻き添えとなるのは燦家に近しい者達だ。
彼らに協力し、甘い蜜を吸っていた連中──そこには武官だけでなく、燦淑妃の脱出を手助けしたであろう侍女達も含まれるだろう。
何より燦家をはじめとした反乱軍に与した者達は、帝国の領土拡大を狙う侵攻派である可能性が高い。つまり、他国との友好関係を築こうとする方針の現皇帝と、それに連なる国防派が彼らには邪魔なのだ。
その読みは正しく、鳳仙宮が近付くにつれて怒声や剣戟の音が増してきた。
鈴綾は既に腰の剣を抜き、片手で手綱を握って黒姫を操っている。
鈴綾の実家、蘭白州の屋敷にも馬は居たが、それと引けを取らない勇猛な雌馬である黒姫。龍琰の言葉通り、この馬は手足のように細かく言う事を聞いてくれている。
全速力で駆けてもへばらず、勇猛な黒姫を鈴綾は大変気に入った。陸家に戻ったらたっぷり世話をしてやろうと思いながら、後方から白馬で追い掛けて来る龍琰の声が耳に届いた。
「これから君に、防御結界の膜を張る! 多少の攻撃では簡単には破られない、頑丈なものだ! 項馬を止めれば、この争いも収まるはず。後ろは気にせず、思いっきり暴れておくれ‼︎」
「承知!」
短く返事をして、鈴綾は一気に馬を加速させる。
そうしてまた一つ門を潜った先には、帝国兵と反乱軍が入り乱れる広場があった。
その先の高台にそびえる荘厳な建物が、鳳仙宮に違い無い。
きっとあの中に、燦項馬が……!
鳳仙宮を鋭く見詰めた鈴綾は、剣を掲げて戦場へと斬り込んでいく。
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