第4話 夜の帝都
龍琰の策は、見事に成功した。
屋敷地下に隠れていた男は、主に呪具の作製を担当していた呪術士であった。
昨夜。商人達は遠方と連絡を取れる魔術具によって、この呪具店と燦家の繋がりが明るみに出かけている事を知らされたのだという。
その連絡を受け取った男は、契約違反による燦家からの報復を恐れ、深く絶望し──仲間諸共、死ぬ道を選んだらしい。
燦家は、気質の荒い武人の家系である。その上、『繋がりを悟られれば、問答無用で皆殺し』という話が冗談ではないと知っていた。
想像を絶するような責め苦にあって死ぬよりは、皆で潔く散ろうと決めたのだ。勿論彼の独断で、である。
そうして呪術士の男は、一人ずつ地下室に呼び出して殺していった。
『新しい呪具の実験に人手が欲しい』
呪術士のその言葉を疑う者は、誰も居なかった。それだけこの男は、呪具商人達の中で大きな存在だったのだ。
結局は翌日までかかったが、最後の一人に手を掛けた直後、鈴綾と龍琰が地下室にやって来た。
仲間内で殺しが行われていたという想定外の展開ではあったものの、呪術士は龍琰の垂らした『糸』に釣られてくれた。
*
呪具商人の生き残りは、自ら顧客名簿を差し出した。
それは龍琰が「こちらに協力してくれるのであれば、減刑を考える余地がある」と告げたからである。
てっきりこの場で殺されるものだと、そして龍琰を燦家の手先だと思い込んでいた呪術士は、当然その話に飛び付いた。
実際のところ、龍琰は減刑などという甘ったれた考えなど持ち合わせてはいない。後宮の妃嬪──それも未来の皇后となるかもしれない桧貴妃に、関節的ではあれど危害を加えた人物なのだから。
けれども結果的に、呪術士はもう少しだけは長生きが出来る。そして龍琰の手には、件の呪具と同種の品……椿の柄が美しい筆と、呪術士達とやり取りのあった顧客が記された名簿がある。
呪術士は腕を背中に回した状態で、両手首を拘束されている。舌を噛んで自殺しないよう、口の中に丸めた布を詰めたうえで、更に別の布で口を覆い縛った。
その状態の男を連れ、馬車を待たせている地点まで下山していく。鈴綾も念の為、男が逃げ出そうとしても対応出来るよう、目を光らせていた。
*
鈴綾と龍琰、そして無抵抗で無気力な呪術士を乗せた馬車は、行きと同じ日数をかけて帝都に帰還する。
時刻は夜。あと一刻もすれば、宮城下の人々が眠りに就くかという頃合いだ。
しかし鈴綾は、高い石壁に囲まれた帝都の門が見えて来たところで妙な気配を感じる。
何事だろうかと思考を巡らせる暇も無く、門から兵士が飛び出して来た。鈴綾達を乗せた馬車に駆け寄って来たその兵士は、大聖宮の警備を任される者が着る鎧を纏っていた。
「何事だい?」
松明を手にした兵士の横に馬車を止め、箱の中から龍琰が問う。
「皇帝陛下より、陸太師に火急の報せあり!」
緊迫した様子の兵士の口から飛び出したのは、鈴綾にとって予想だにしなかったものだった。
「大聖宮地下牢より、燦項馬大尉が脱獄! それとほぼ同時刻、嵐舞宮にて謹慎中の燦淑妃が行方不明! 現在、燦大尉率いる兵力が大聖宮にて戦闘中であります‼︎」
「燦項馬が、脱獄だと……⁉︎」
「……それは、間違い無いんだね?」
「はい! 陸太師が帰還次第大聖宮に向かい、至急事態の終息にあたるように……との事であります!」
燦項馬の脱獄と、行方を眩ませた燦英蘭。
彼らが貴妃の死に関係している証拠を掴んで戻って来た今、燦家とそれに連なる者達が罰されるのは間違い無い。特に燦家の血を引く人物であれば、相当な苦しみの中で果てていくのは確実だ。
それを回避すべく、燦項馬と英蘭の兄妹は龍琰の不在を知って行動に出たのだろう。
すると龍琰は、
「今すぐ大聖宮へ向かおう! 大急ぎで頼むよ!」
と、御者に聞こえるよう声を張り上げて言った。
すぐさま馬車は走り出し、速度が増していく。
帝都の街はがらんとしており、人っ子ひとり見掛けない。既に大聖宮で起きている事件が拡まっているのか、誰もが皆家の中に閉じこもっているのだろう。もしくは、身の危険を感じて帝都の外へ逃げ出したか。
どちらにしろ、動く障害物が無いのであれば都合が良い。誤って人を轢いてしまう危険が無いのだから、馬を限界まで走らせる事が出来る。
揺れる馬車の中で、龍琰が鈴綾を見て口を開く。
「ここから先は、君の剣が頼りになるだろう。勿論、僕も全力で援護する。叡賦皇帝に逆らう者を、生かしておく価値は微塵も無い……!」
「ああ、承知した……!」
私も、故郷とその民達を護るべく剣を振るってきた身。それらを導く皇帝の危機とあらば、それ即ち国家の危機だ。
例え皇帝が、私と桃香に謂れのない罪で牢に入れるよう命じた相手であるとしても……陛下が崩御されれば、この国は乱れてしまう。それはきっと、桃香や後宮で出会った女官達にも害を及ぼすはず。
尚官司の
そんな彼女達の平穏を護れるのは、魔術や武器で戦える者だけだ。即ちそれは、私や龍琰のような者達の事。
「燦大尉……否、燦項馬。貴様だけは、この私が自ら相手をせねば気が済まぬ……!」
私は、私の護りたい者たちの為にこの剣を振るう。
剣の柄を握りながら、荒ぶる心を鎮めるようにして、そうっと目を閉じる。
するとその手を包み込むようにして、龍琰のごつごつと骨張った手指が重なった。
そうだ……私は独りではない。
共に駆ける者が、側に居てくれる。
再び目蓋を開けた鈴綾の口元には、龍琰のように穏やかな笑みが浮かんでいた。
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