幕間

皇帝と太師 弐

「それは……誠であるのか、龍琰」


 会議室を離れた龍琰は、最短の道を選んで皇帝の執務室を訪れていた。

 自身の持つ魔術の知識を修めた免許皆伝の弟子・嶺明れいめいの疑いの眼差しに、『術師』ではなく一人の『術士』として答える龍琰。


「この僕が、そんな無駄な嘘を言うとでも? ……特に貴妃の事件に関しては、何の妥協もしていないつもりだけれど」


 その言葉を受けた嶺明は、眉間の皺をより一層深める。


「後宮勤めの宦官が僕の調査員に危害を加えようとし、それを命じたのは燦大尉だと自白した。後で僕自身も拷問の様子を見に行くつもりだが、きっと彼はそこでも同じ内容を話すだろうさ」

「……だが、仮に其方そなたの報告が事実であれば──」


 龍琰はこれまでに得た情報を元に、桧貴妃暗殺事件の真犯人について推理を語った。

 それを聞いた嶺明は、自身の後宮で淑妃の位を授けた娘……燦英蘭が事件と大きく関わりがある可能性が高いと告げられ、それでもなお龍琰の推理を疑っている。

 何せ、事件現場からは何の凶器も発見されていないのだ。ここでいきなり燦家の人間が怪しいと言われても、そう簡単に信じられる内容ではなかったのだから。


「──我が淑妃・英蘭が項馬を通じ、貴妃である祝籃しゅくらんを殺めんとしたと……そうなるに至った証拠も出さずに、そう告げるつもりなのだな……?」

「…………」


 燦家の人間が真犯人である、明確な証拠。

 そんなものがあるというのなら、初めから桃香が犯人扱いなどされてはいなかったはずだ。

 黙り込んだ龍琰に対し、嶺明は更に言葉を紡ぐ。


「英蘭がその呪具とやらを使った証拠も、項馬が宦官をけしかけ、其方の調査員を襲おうとした証言もまだ無いこの状況……。対して奏桃香は、ちんが祝籃に贈った簪を所持していた。あれは、桃香が祝籃に関係している証拠ではないと……其方は、そう断言出来るというのか?」


 以前までとは異なり、激昂せずに冷静さを保つ嶺明。

 君も、ようやく落ち着いて向き合えるようになったんだね。少し時間を必要としたようだけれど……いざとなれば聡明さを発揮する辺り、流石は僕が弟子として見込んだ男だ。

 だけど……自分が出した結論が間違いだったのではないかと、一度は考え直す必要があると思うのだがね?

 龍琰はふっと口元を緩め、けれども紅の眼は笑わぬまま告げる。


「……その証拠を持って来るつもりだから、暫く帝都から離れる事になるよ。それと、僕の調査員も一緒にね」

「例の、尚官司に送り込んだ娘か」

「おやおや、もう君の耳にまで届いていたのかい?」

「当然よ。……というか龍琰、常識的に言えば其方の口から詳細を説明されるべきだと思うのだが?」

「それは無理だよ! どこから彼女の情報が漏れるか……まあ今回は、燦大尉と淑妃の兄妹が黒幕だったようだけれど。自然と君の耳に入るまで、この件はそっとしておいてもらいたかったものだからさ」


 徐々にいつものおちゃらけた調子に戻っていく龍琰と、それに翻弄される嶺明。

 この事件の黒幕さえ確定すれば、宮廷には以前までの平穏が戻るはず。少なくとも、鈴綾と桃香の身の潔白は証明される事だろう。


「……多少の死人は出るだろうが、叡賦皇帝の妃嬪暗殺に関わった者を生かしてはおけない。証拠は必ず掴んで来る。だからその暁には──奏桃香と鐘鈴綾の解放を、約束しておくれ」


 それだけ告げて、龍琰は皇帝の元を後にするのだった。

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