第9話 陰謀

 玄武殿から戻った鈴綾は、昼餉を済ませてから改めて尚食司女官長の元を訪ねた。

 瑞光の話では、女官長は昼過ぎには大聖宮から戻って来るとの事だった。

 その言葉通り執務室に戻って来ていた女官長に書簡を届け、後日返事をするとの返答を受けた鈴綾。


「ふむふむ……。貴妃はあの事件が起こる以前から、何故か体調を崩していたんだね?」

「ああ、どうにもそうらしい。白夜宮で働いていた者達から直接聞いた話だ。間違いは無いだろう」


 他の仕事を済ませた後、それとなく黄玉にも改めて桧貴妃の体調の変化について聞いてみたところ、瑞光と似たような話を聞く事が出来た。

 それらの話を纏め、陸家の邸宅に戻る馬車に揺られながら、龍琰に報告しているところである。


「それに加えて、貴妃様は燦淑妃との食事会を何度か繰り返していた。……敵対派閥の人間と関わるようになったのは、この頃からだったようだな」


 貴妃と淑妃の食事会が行われるより以前は、燦英蘭の交友関係は、彼女の属する侵攻派のみに留まっていた。

 国防派と中立派の妃嬪や女官は冷たくあしらっていたはずの淑妃が、突然その態度を変えて貴妃に近付き……その後、桧祝籃は体調を崩し始めている。

 しかし──


「……なあ龍琰。仮に貴妃様の体調不良が淑妃の仕業だったとして、淑妃は何の為に彼女に近付いたのだと思う?」

「そうだねぇ……」


 すると龍琰は、いつもの笑顔を苦笑に変えてこう言った。


「後宮は良くも悪くも、女性達の欲望が渦巻く場所だからね」

「欲望……か」

「うん。『皇帝の子を産みたい』とか、『他の妃嬪を蹴落としてでも陛下の寵愛を得たい』だとか、色々とね。そんなものが色々と渦巻く場所だからこそ、貴妃を襲った理由が見えて来るのさ」

「という事は……貴妃様が狙われたのは、その立場を妬む者が居たから……?」


 鈴綾の問いに、龍琰は静かに頷く。


「君がこの二日間で得た情報のみでの判断だけれど……大方の予想は付いてきたよ。僕の方でも、その方向で動いておこう」

「……私はまだ、後宮での調査を続けておくべきか?」

「ああ、もう少しだけ頼むよ」


 もうじき邸宅に到着するという頃、龍琰はぽつりと呟いた。


「……僕の予想が確かなら、獲物はもうじき尻尾を見せるはずだ。その時、きっと君の力が必要になる」


 言いながら、龍琰は深い紅の瞳を鈴綾に向ける。

 鈴綾は彼のその言葉に、黙って深く頷くのだった。

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