第8話 貴妃と淑妃の食事会

 瑞光がその日の昼餉に出したのは、臭みの少ない上質な猪肉を丁寧に焼き上げたものと、河泥州かでいしゅうで獲れた魚の酒蒸しをはじめとした品々だった。

 尚食司に居た頃から位の高い女官だった瑞光は、女官長直々に妃嬪達の食の好みについて教育を受けている。

 それらの指導の末に選び抜いた食材と、磨き上げた技術の全てを込めた見事な料理の数々。瑞光が出した料理は、当然の事ながら祝籃と英蘭の舌を満足させる事が出来た。


 まず、猪肉の炒め物は祝籃の好物である。以前までは独特の臭みが苦手で遠ざけていた食材だったのだが、瑞光の手によって極限まで臭みを抑えたものであれば、特に問題無く食べられるようになったのだ。

 そして今回、瑞光は更に手を加えている。

 尚食司女官時代に得た情報では、燦淑妃は味噌を使った味付けを好む傾向があった。なので今日の昼餉には、赤爪辛子あかそうがらしを刻んで混ぜ込んだ、辛味噌炒めに仕上げている。

 結果として、肉好きの祝籃も味噌好きの英蘭も喜ぶ品が完成した。因みに、先程瑞光が運んで来た調味料がこの辛味噌の壺だったりする。


 続いて、魚の酒蒸し。こちらはまず、河泥州産の魚を使用した事に大きな意味がある。

 何を隠そう、この河泥州という場所は、燦英蘭の生まれ故郷なのだ。

 読んで字の如く『泥の河』が流れている事で知られるこの土地は、州の名に由来する泥河でいがで獲れる魚が、大変に美味なのである。

 泥河の上流である山々には豊富な栄養を含んだ土があり、雨が降る度にその栄養が河に流れていく。そんな河川で育った小魚や虫を食べて健康に肥え太った魚は、上品な甘みのある脂と上質な肉質を兼ね備えている。

 生で食せば、噛み応えのあるプリッとした弾力と、舌の上で蕩ける香りの良い脂が口の中で広がっていく。

 その身に火を通せば、今度は箸で掴むだけでほろりと解ける、淡雪のように柔らかくほっくりとした食感を楽しめるのだ。

 そして今回瑞光が選んだ調理法は、寒い時期にぴったりの酒蒸しだった。魚が持つ旨味を引き出す香草と、料理に使えば全体の味を引き締めてくれる銘酒・白雪水はくせつすいが織り成す見事な合わせ技。

 これには数々の美食を堪能してきた燦淑妃も、いつもの嫌な笑みではなく、限り無く素直な感想を述べてくれた。まあ、瑞光としてはされて当然の反応だったので、褒められても予想通りでしかなかったのだが。


 この二つの料理以外にも趣向を凝らした品々を出した瑞光の働きによって、この日の昼食会は終始和やかに閉幕した。

 ……ただ、あまりにも瑞光の料理を気に入られてしまったのだろうか。

 それからというもの、本来であれば必要以上に馴れ合わないはずの貴妃と淑妃の食事会は、少ないながらも不定期に数回執り行われていたのである。

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