第2話 高鳴りの理由

 翌朝。鈴綾は双子に身支度を整えられ、温かい朝餉あさげで腹を満たしてから馬車に乗り込んだ。

 潜入調査二日目の今日も、後宮までの道程を龍琰と共にする。

 昨夜のやり取りがあってから、鈴綾はどうにもまともに龍琰の顔を見られなかった。彼の方を見なければどうという事は無いのだが、あれだけ熱烈に好意を伝えられると変に意識して仕方が無かったのだ。

 そもそも龍琰は、帝国での立場としても一人の男性としても、彼の妻となりたい女性は星の数ほど居るであろう人物だ。その卓越した魔術の才能は優秀な血筋を示すものであり、龍琰の見目の麗しさは筆舌に尽くしがたいものがある。

 だがしかし、鈴綾が彼を意識してしまう大きな理由はそこではなかった。


 ──女の身でありながら剣を取り、並の男を遥かにしのぐ戦果をあげる。


 これまでそんな自分の生き方を称賛してくれたのは、父と桃香以外には居なかった。

 けれどもこの陸龍琰という男性は、桃香の婚礼の儀で鈴綾を恐れた参列客の女性達のように、彼女を恐れるでもなく。

 大将軍である父・銀魄ぎんはくの指揮の下、共に戦場に立った武官達のように、彼女の剣技を目の当たりにして化け物扱いする訳でもなく。

 龍琰はただ、鈴綾の真っ直ぐな魂の在り方を、正面から受け止めてくれたのだ。

 そんな風に自分を認めてくれた龍琰に対し、どう接していけば良いのか戸惑っていた。……だからこれは、決して恋なんてものではない。

 少なくとも鈴綾の中では、そう結論付けた感情だった。


「それじゃあ鈴、僕はここで降りるよ」

「あ、ああ……!」


 彼との接し方に頭を悩ませている内に、気付けば馬車は大聖宮に到着していたらしい。


「また夕刻に馬車が来るはずだから、帰ったらまた進展を聞かせておくれ。何か向こうで不自由な事があれば、女官長に言えばすぐに融通してくれるからね」

「……分かった」


 目を合わせずに頷けば、龍琰は少し首を傾げる。しかし、特に何も言わずに馬車から降りていった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る